くすの木の下で

昼休みは教室に居づらい。 いつの間にか一人体育館脇にあるベンチでお弁当をとるのが習慣になっていた。 ベンチの横にはくすの木があり日差しを防いでくれて心地よい。 そう言えばこの木の根元にはいつ来ても花が供えられている。 私はその花にいつもお辞儀をしてからお弁当にとりかかるのだ。 だが生憎今日は先客がいた。 綺麗な人だ、上級生だろうか。 私に気づくと彼女は華やかに微笑んでくれた。

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「こんにちは」 彼女は何も言わず、微笑んでいるだけ。 「あのー、お隣、いいですか?」 悪そうな人には感じられないので、尋ねてみたが、頷くだけだった。それでもよかった。少しやりとりができるだけでも、私にはいつもと違って新鮮だ。静かに隣に腰をおろし、弁当を広げる。普段は話をしない誰かが隣にいると落ち着かないものだが、なんだか心地よい。 あまり人をジロジロ見ない私はこの時気付きもしなかった…

Sjong

12年前

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広がったくすの木が太陽の光を遮っていたせいであったかもしれない。 まして曇りの日ともなればその存在など忘れてしまう。 彼女には影がなかった。 今思えば、である。

Noel

12年前

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その日以来、私は彼女と時々お弁当をとるようになった。彼女から話すことはなかったけれど、私が話すといつも楽しそうに相槌を打ってくれて、それが嬉しかった。 暫くして、私を見ると級友たちがひそひそ囁き合うようになった。 「一人で…」「…体育館の…」「気持ち悪い」 聞き取れたのは断片的な言葉。一人でお弁当を食べるのは確かに変かもしれないけど、気持ち悪いとまで言うことはないのに。それに、今は一人ではない。

lalalacco

12年前

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一ヶ月くらいが経ち、彼女と私の距離は狭まっていた。少し離れて座っていたのに、体が密着するくらい。 彼女は多くは語らなかった。 でも、ある日、「私、いなくなるかもしれない」と呟いた。 嫌だ、と口に出していた。 「ありがとう。私も同じ」 彼女の美しい瞳に吸い込まれそうになったその時、彼女は私に抱きついてきた。 強い力でどうすることもできない。 「一緒にイキマショウ」

12年前

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…ゾクッ 液体窒素に突っ込まれた薔薇の花の様に私は身も心も一瞬で凍りついた。 視界も思考もプツッと切れて、真っ暗になったのが最後の記憶だった。 次に目に入って来たのは、四角いパネルが並んだ壁で、それが天井なのだと気付いたのは、保健の先生が私の顔を心配そうに覗き込んだ時だった。 窓明かりが橙色に染まり、既に夕方なんだと思った時、先生が言った。 「毎日、くすの木の所でお弁当を捨ててるそうね?」

真月乃

11年前

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「私、何も捨てて…」 慌てて起き上がろうとするも体が重く、変な頭痛がする。 「あ、まだ起きちゃ駄目よ」 先生は優しく私を寝かせてくれた。怒っているわけではなさそうだ。 「…他の生徒から連絡があったの。あなたが毎日一人で何か呟きながらお弁当をあそこに捨ててるって」 「先生!私そんなことしてない!ずっとあの子とお弁当食べて」 え?『一人』で…? 先生がゆっくり口を開いた。 「あの、お花なんだけどね…」

nanome

11年前

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「ずっと前に事故で亡くなった女の子にお供えしていたの」 私は先生の話を冷静に聞くことが出来なかった 「事故?」 「そうよ。もう誰も覚えていないかもしれないけど。」 先生の話によると、ずっと前にあそこにあった倉庫で女の子が一人亡くなったそうだ。 太陽が照りつけるような日で女の子は倉庫で片付けをしていた。 それに気づかずに教師が倉庫に鍵をかけて帰ってしまった。 そして、女の子は翌日見つかった。

ヒビキ

11年前

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その後、くすの木の下で彼女に会うことはなかった。 「何年かに1度、あなたみたいに保健室に運ばれてくる人がいるの。それに」 付き添ってくれた先生は、花束を木に供えた。 「私も20年前、ここにお弁当捨ててたんだ」 彼女はいつからここにいたんだろう。どれだけの人に気づいてもらえたんだろう。 「ゴメンね、一緒に行ってあげられなくて」 私の言葉には誰も応えず、風がくすの木の葉を揺らす音だけが聞こえた。

- 完 -