意外な犯人

自宅の前で女性の他殺体が発見された、とインターホンの向こうで自称警察官の男が言った。権田には男の言葉が理解できなかったが、とにかく出て来てくれというので出てみると、確かに自宅外門のすぐ前の道路に若い女性が倒れていた。左胸に包丁が突き刺さっており、赤黒く変色した血が衣服を汚している。複数の制服警官が死体の周りを囲っている。スーツ姿の刑事が権田に近づいてきて「どうも、朝早くからすみませんね」と言った。

fly

12年前

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刑事はかなり歳食っているようだった、顔の皺は多く、声もややしわがれている。 頬には古傷があり、目つきが普通の人とは違っていた。 「あ、はい、こちらこそ」 権田は小さく礼をした、刑事は手帳をこちらに見せ、しばらくした後それを収めた。 ──『吉澤努』刑事の手帳の名前にはそう書かれてあった。 「さて、いきなり貴方を呼び出しておいて何ですが……率直に聞きます」 何だろうか、大体は予想がついているが。

Swan

12年前

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「あの殺された女性に心当たりはありませんかね」 「いいえ、知りません」 「夜中に女の叫び声とか怪しい人物を見かけたとか」 「いいえ」 「本当ですか? 貴方の家の前ですよ?」 「知りません!」 「じゃ、午前1時から4時の間、何してました?」 ちょ、何だよ! 寝ていたに決まっているじゃないか! 俺のアリバイ? 疑ってる? でも俺はひとつ嘘をついた。 さっきチラッと見たがあの殺された女、俺は知っている。

blue

12年前

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「午前1時〜4時って深夜じゃないですか、寝てるに決まってるでしょ?」 「しかしここら辺は駅から少し離れていますし終電に乗って歩いて帰ればまだ1時ごろでしょう?」 「俺は原付で駅まで行くのでそんなに遅くはなりません!なんですか、さっきから!もしかして俺のこと疑ってるんですか!?」 「いえいえ、ただの定型文的質問ですよ。気にしないでください」 と吉澤は言っているが目は完璧に俺を疑っていた

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「少し、署でお話を聞かせてもらっていいですか?」 「え、これから仕事なんですが…」 「お仕事先はどちらですか?」 私は財布から名刺を取り出した。 「私、デリシャスハムで営業をしております、権田と申します」 こんなときでも名刺を渡すときは丁寧になってしまうのだ。 「了解しました。お仕事終わりましたら教えて下さい。迎えに参りますので」 よっし、これで時間ができた!

おかやん

11年前

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あの女。 会社の後輩と一緒にいるのを、以前見たことがあるのだ。 それを伝えれば、刑事の疑い先は権田から後輩へと切り替わっただろうが、さっきは敢えて口を噤んだ。 別に後輩が可愛い女の子だからというわけではない。 一緒にいたからといって殺人に関係あるとは限らないだろう。無闇に人を疑うのはよくない。 兎に角、出勤して彼女に確認しよう。 権田は急いで家を出る。しかし会社に行ってみると、後輩の姿はなかった。

misato

11年前

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彼女が立ち寄りそうな部署にいくつか声をかけてみたが、誰もが「今日は見ていない」と言う。 ついでに、最近の後輩の仕事ぶりについても探りを入れてみたが、これも特におかしな答えを言う者はいなかった。 こんな事ばかり聞き回っていてばかりもいられず、その日の自分の仕事に集中していた頃に、その異変が耳に入ってきたのだった。 なんと、探していた後輩の刺殺体が社内の3階の女子トイレの個室で見つかったのだ。

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何てこった。これで策は全てパーだ。それどころか今朝からの俺の行動が次々と裏目になっていく。下手したら後輩殺しまで俺が犯人扱いだ。 権田が頭を抱えていると、数分もせぬ内に刑事が彼の部署に訪れた。朝に来た吉澤とは違う刑事のようだ。 「簡単な事情聴取ですから」 他の社員と同様に権田も別室へと案内される。すると刑事は驚くべきことを言い出した。 「本当に確認だけなんです。実は犯人、先ほど逮捕しまして」

nanome

8年前

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「なんだ、そうだったんですか」 ほっ。刑事さんたちもなかなか仕事が早いじゃないか。 しかし一体誰が? 「どうせすぐわかる事ですから、言ってしまいますがね、恥ずかしながら犯人は警察のものでした。吉澤という刑事です」 なんだって?吉澤? 「あの、まさかそれって……」 「ええ、今朝貴方に事情聴取をした男です。あわよくば貴方に罪を着せようとしていたようです」 なんてこった。あいつが犯人だったなんて。

reno

8年前

- 完 -