あぁ、今日も朝がきた。 「いってきます」 私一人だけの家だけど、昔からの癖であいさつだけはしっかりする。 今日も空は青くて眩しい。 「青空ー!おはよ!」 友達の志保が抱きついてきた。 「うん、おはよ」 私には合わないこの名前。 なんでこんな名前つけたの?お母さん、お父さん。 「青空。空は上を見た人を笑顔にさせるんだ」 小さいころのおぼろげな記憶。 まだ二人が生きていたときの記憶。
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十五年前はまだ青空でもなかったし、 父親も母親も元気だった。 私はまだ卵みたいなもんだった。 でも何かの本で読んだことがあるけど、人間は潜在意識の中では全ての記憶を貯蔵してるらしい。 だから私は毎日寝る前に天に祈る。 「どうか夢でもいいので元気な二人をまた見せて」 部屋の電気を消す。 「おやすみなさい」 これも毎日のくせで抜けない。 ひとりっきりの家ではあいさつすらも少しこだまする。
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そしてまた朝が来た。 繰り返しの毎日は慌ただしくて、私は自分のことを深く考える余裕なんてない。 一緒に住むことを強く希望する祖父母からの留守番は今やBGMにもならない。 私は今とても忙しいんだ。 来週は文化祭。 実行委員の私はクラスの研究テーマをまとめないといけない。 プラネタリウム 映画制作 ありきたりのアイデアが書かれたメモの中に、強く注意をひかれたものがあった。
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『空に絵を映そう!』 最近発売されたプロジェクターを使うとそんなことが出来るらしい。どんな感じになるんだろう…何かすごくワクワクしてきた。これにしよう!私は実行委員会で提案した。 「面白そうだけど…何を映すの?」 実行委員長の男子が尋ねた。確かに、そこまでは考えていなかった。 「じゃあ、映画を撮ろうか?」 隣で志保が応えた。そして私の方を向いて、笑顔で加えた。 「主人公は、青空で」
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賛成の拍手が起こり、主役に決まってしまった。言い出した本人だけに、断るわけにもいかず。 文化祭まで一週間だから、絵を描く時間は無さそう、写真のスライドショー風にしよう、青空は子供の頃から今までの写真持ってきて、女子が写真をネタに面白い物語を作る、男子は音楽と編集担当に──意見が次々と出て、話はすぐにまとまった。 家に帰って早速、空に映す写真を選ぶ。 両親と写っているのは、ほんの数枚だった。
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「私のは少ないけれど、これでいいかな?」 「お父さんとお母さん?」 私は恐る恐る頷いた。 仲いいんだね。 事情を知らない友だちのなにげない言葉が胸に突き刺さる。 ありがとう。 「もしも、なくしてしまったときのために、焼き増しはしておいた方がいいよ」 大丈夫。 私は自分自身に頷いた。 "二人に、私の笑顔を見せてあげるんだ"
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「ーねえねえ青空ちゃん、こんな感じでどうかな?」 間近に迫った文化祭。 映画制作に追われる教室の中、クラスメイトの女の子が私にノートを差し出した。 物語ができたのだ。 逸る胸を押さえ、 私は指先で表紙を持ち上げる。 「なんか、かなり感動系になっちゃったんだけど…」 綺麗な筆跡で記された題名に 目を奪われた。 【 青空の追憶 】 …ああ、なんだかもう泣きそうだよ。
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青空は、今日も元気です。 青空はそこにいるだけで 優しい気持ちにさせるのです。 青空が産まれた日も、 雲ひとつない青空でした。 青空が初めて歩いた日の空、 青空の初めての日はいつも 名前の通り青空でした。 青空は、みんなを幸せにします。 ──青空、笑って。 最後の一行は志保の文字だ……
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志保の顔を見た。志保は首を少し動かして私に何か合図を送っている。 ー何?横? 戸惑いながら横を向いた。少し離れたところに二人が立っていた。二人はあの時と同じ表情だった。 私が産まれた日、私が初めて歩いた日、私にとって全ての初めての日ー いつも暖かい笑顔で見守られてた。幸せだった。 ー二人こそ、青空だよ。 私は空を見上げた。雲一つない青空だった…
- 完 -