Sequenz

カイルはイヤホンを耳に挿し込んだ。 騒音の世界がいっきに遠くへといき、いつの間にか音楽が時を刻んでいる。 何度も繰り返される感覚 終わる事を忘れた原罪 今日も何の変わりもない1日に自分はいたのだ。 あまりにもくだらなかった。 白くなる自分の息に溜息をついた時、 後ろから走り去る影があった。 肩がぶつかっても謝らずに去った女性の背を睨みながらカイルは音楽の世界に身を委ねる。 数分後のことだった。

Air

12年前

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キキーッという激しい音と歪な衝撃音が、音楽の世界からカイルを引き戻した。 振り返ると、先ほどの女性が倒れている。体は不自然に凹み、溢れ出た血で水たまりが出来ていた。トラックの轍の跡が残っている。本体は、すでに遠くへと走り去ろうとしていた。 カイルは慌てて駆け寄ると、赤く染まった背中に手をやり、「大丈夫ですか⁉︎」と叫んだ。 虫の息だった。よく見ると、美しく包装されたプレゼントを抱えていた。

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「…」 微かな息の中で、女性が何か口にした。 「….!」 カイルは即座に耳を女性の口元へ近づける。 「…を、これを…」 カサリと紙の音がしたのと、女性が事切れたのはほぼ同時だった。 何てことだ。 「これをとどけて」、彼女は確かにそう言っていた。今やもう、この瞬間を刻んでいるのは自分の荒い呼吸だけだ。 カイルは手に着いた血を彼女に拭いつけると、プレゼントを彼女の手から取り出した。

nono

11年前

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受け取ったプレゼントは白の箱に赤のリボンと、一目でプレゼントだとわかる外装をしていた。 とりあえず、早く病院に連れていかなければ。 数分後には救急車が来、彼女を連れていった。カイルの手元には彼女から受け取ったプレゼントがある。届けろ、なんて言われても、誰に届けるものなのか。 すると包装紙の隙間から紙が覗いているのが見えた。その紙にはちゃんと送り先が書かれてあった。 「To.カイル=クリーバー」

Chamisso

11年前

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カイルの心臓は一瞬どきりと跳ね上がった。だが、すぐに落ち着きを取り戻す。カイルのフルネームはカイル=リーズン。クリーバーではない。 彼女の恋人だろうか。それとも家族か。どちらにしても、名前の一致はカイルに深い衝撃を与えた。運命のいたずら、とはよく言ったものだ。一度落ち着いたはずの鼓動が高鳴り始めている。カイルは大きく息を吐いた。

Ringa

10年前

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紙にはカイル=クリーバーの住所も書かれていた。ここから電車で1時間以上はかかる、遠くの街だった。 プレゼントを届けるか否か、実は迷っていたカイルだったが、同じ名前を見た瞬間から迷いは消えていた。 行こう。 カイルはそのまま踵を返す。再びイヤホンを耳に挿し、音楽に身を委ねながら駅へ向かった。 カイル=クリーバーはどんな人間なのかと考える。彼に会ったところで、何が変わる訳でもないのだろうが──

misato

10年前

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カイル=クリーバーが住むアパートに到着した頃には日が暮れかけていた。 安っぽい呼び鈴を鳴らして反応を待つ。プレゼントを置いて立ち去ろうかとも考えたが、送り主の女性が恐らく助からなかったであろう事は彼に伝えた方がいい気がした。 しかし何度呼び鈴を鳴らしても出てこない。苛立ったカイルが乱暴にノックすると、隣人宅のドアが開いた。 「カイルならいねえよ。今ごろは豚箱で臭いメシでも食わされてるだろうさ」

hayayacco

10年前

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『犯罪を犯したのか?』 「ああ、カイルの裏の顔には全く驚いた」 『裏の顔?』 「ファーザー・カイル=ジルコニア。一介の警察でさえ平伏す麻薬王、その実弟だと言うから驚きは留まらねぇ…」 『ファーザー・カイル…?先日スナイパーに射殺された筈だが』 『まさか彼がその?』 「ああ、カイル=クリーバー彼がした事さ」 ——時は過ぎ。 (彼女は報復を受けたのか?) 彼はまたイヤホンを耳に挿し込んだ。

唐草

9年前

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深入りはしない──。 また、音楽が時を刻む。 衝突音、溢れた血、死んだ女、届かなかったプレゼント。カイルが何かを期待したそれは、繰り返される旋律のちょっとしたアレグレットほどに収まってしまった。 そこで銃声がして、カイルの人生は終わる。隣人がプレゼントを拾い上げた。カイル=クリーバーは留置場で死んでいた。 それぞれの時間に、3人のカイルが死んだ。最後に彼らは何を感じたか。私たちはわからない。

noName

9年前

- 完 -