花咲く丘にて

人もまばらな丘の上に現れた一人の女性。
紺色のレース編みの日傘を持った彼女は、木陰を見つけると嬉しそうにそこへ駆け寄りどすんと座り込んだ。その反動で彼女の手から投げ出された日傘は、色とりどりの花が咲く斜面をコロコロと転がって行き、やがて丘の向こうへ消えた。しかし当の持ち主は日傘のことなどどうでも良いらしく、懐から取り出したハンカチで汗を拭いながらぼうっと宙を眺めている。

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少しして、彼女は肩から下げていたトートバッグの中から、本を取り出して、読書にふけった。
すると、今度は丘のふもとから男の人が、彼女の日傘を片手に登ってきた。栗色の髪に細身の体、長い足の彼は、彼女の顔を見ると微笑みながら、日傘を差し出す。
彼女は彼に気づくと、本を閉じ、笑った。
「遅かったわね。リチャード」
彼は、汗を拭きながら、
「申し訳ない、ベス。少々道に迷ってしまって」

Dangerous
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そう言ってベスの隣に腰を下ろした。
そのままリチャードは空っぽの手を軽く握ると、ポン、と一輪の白いデイジーを取り出してみせた。くすくすと笑うベスの髪に揺れる花が添えられる。
「あなたはその手品が好きね」
「君に花を贈るのはいつだって喜びだからね」
「花ならたくさん咲いているのに」
「僕が用意したものがいい」
リチャードは恋人の巻き髪にくちづけた。
「ベス、君は屋敷へは戻らないのかい」

まーの
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「せっかくの天気じゃない」
ベスの意志は固いらしい。
「ティーパーティーをやっているというのに」
「私のお腹はもうちゃぽちゃぽいっているわ」
「ケーキもあるよ」
「叔母様に言われたのね」
「違うよ。僕が君と一緒にいたいんだ」
「それなら屋敷でなくてもいいでしょう?」
ベスはリチャードを隣に座らせると、肩と頭とをリチャードの肩にくっつけた。
「何を読んでいるんだい?」
「モンゴメリの赤毛のアン」

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もう何度も繰り返し読んでいる本だ。その証に、色褪せた薄色の布張り表紙は、縁が擦り切れている。リチャードも勿論それを知っていて、「本当にその本が好きだね」と笑う。

丘の上を、一陣の風が吹き渡っていった。

髪に飾ったデイジーが、その白い花弁を散らす。

「君の婚約者が来てるって、専らの噂になってる」

栞紐を、今開いたばかりのページに挟み直して、パタリ、愛読書を閉じて。

「顔も知らない人よ」

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ベスは姿勢を正し、真っ直ぐに前を見つめて言った。

「私は相手に伝えるつもりよ、リチャード意外と結婚する気はないって。叔母さまも説得して見せるわ、絶対に!」

その意地の張り方がまるで子供のようで、リチャードはくすくすと微笑みをこぼす。

「全く、その婚約者に同情するよ」

「それはそうよ。だって、それこそ顔も知らずにずっと文通で話していた恋人の貴方に、せっかく会えたばかりなんだもの!」

Lillian.
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「光栄だな」
リチャードはベスの髪の花を握る。手を開くと飴に変わっていた。
「けどそんなに怒るなよ。僕も君を手放す気はない」
「んむっ」
包装紙を広げ、ベスの口へ運び入れると、不満気だった彼女の表情がほころんだ。
「美味しい!」
「薔薇の飴さ。新商品だよ」
元気付けようとする彼にベスは心惹かれる。
「ありがとう。それにしても婚約者様は私に挨拶もしに来ないのかしら」
「さ、さぁ。君を探してるのかも」

ぱっちん
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「挨拶もなしに結婚しようだなんて…本当に結婚する気、あるのかしらっ。」

礼が無い人は好きじゃないのよ、とベスは不満気に頰を膨らませた。その点、目の前のリチャードは礼儀がちゃんとなっていて、空のように広い心と海のように底知れぬ深い愛を持ってる。いつも私の目を見て話してくれ………?

ベスは不思議に思った。私が何か話すときは必ず温かな目で見てくれるのに、今日はなぜか…その視線が、定まらないことを。

月雫
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「嫌よ、リチャード。私を手放してもいいなんて考えてるんじゃないでしょうね。大丈夫。私、今からでもきちんと叔母様にお話しするわ」
リチャードは首をふる。
ベスはかっとなって、その手を引いて、屋敷へと向かう。
「待って、ベス」
リチャードは落ち着いた声で呼び止めると、困ったような笑顔を浮かべ、手から一輪のバラを出して、跪いた。

「挨拶もなくごめんよ、愛しい人。」

ベスはその意味に気づき、紅潮した。

あおい鱗
- 完 -

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