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夏の虚、冬の牢

『夏を売ってください』
八月の終わり、だらけっぱなしの部活の休憩時間に、数少ない友人が差し出したチラシの文言である。
「なにこれ」
「夏を買い取ってくれるんだってよ。一昨日行ったんだけどさ、ほら」
友人は財布の中の一万円をちらつかせた。
「いや、怪しいだろ」
「大丈夫だから、行ってみ、お前も」
その誘いは断ったはずだ。だってどうしても怪しすぎる。

なのになぜ、俺はここにいるんだろう。

シケ崎
- 1 -

「いらっしゃい…」
闇の中に老人が佇んでいる。状況が把握できない。
「あのっ、ここは…」
「夏を売りに来たのじゃろ」
「えっと…」
「幾つじゃ」
「え?」
「幾つじゃと聞いておる」
老人は時間に追われているのか、それとも単にせっかちなだけなのか、やけに急かしてくる。
「一年か、二年か?」
「えーと…、二年、で…」
とっさに答えてしまった。

「二年じゃな、ほれ」
八万円を手渡された。

虚木 幽
- 2 -

訳の分からないまま八枚の紙を持って、俺はそこを追い出された。これで俺の夏は二つ消えたのだろうか。何も変化が感じられないが、それでも手の中にあるそれは本物だった。

八万。高校生には十分すぎる額だ。夏を売るということの意味は分からないけれど、差し当っての危険性はありそうにない。いいバイトを見つけた、そう思ってその日は上機嫌だった。

数日後、俺に夏を売ることを教えてくれた友人が、死んだ。

U#
- 3 -

新学期初日の朝のSHRの時間に、担任から告げられて知った。
理由は分からないが、自室で舌を噛み切っての自殺だそうだ。

俺はえもいわれぬ不安に襲われた。
休み明けの試験が近いというのに、勉強が全然手につかない。
放課後になり、俺の足は自然とあの老人の所へ向かっていた。

「——つまり、友だちの死を忘れるためにこの夏の記憶を売りたい、と?」

老人には、不安ではなく悲しみをなくしたいからと説明した。

仔羊(えるやん)
- 4 -

前回と同じように、金を渡されてすぐ終わるだろうと思っていた。全部忘れて、早くここから立ち去りたかった。
しかし、老人は髭を触りながら「ふうむ」と唸っている。

「……今までの若造は皆、金目当てに此処を訪れていたからのう……そうか、この店にはそういう使い方もあるのか……」
「あの……」
「ああ、いや、すまんのう。結論から言うと、お前さんの注文は聞けん。この店は人の記憶を買っている訳ではないからな」

Felicia
- 5 -

言葉が続く。
「ここではな、いままでの夏ではなく、これからの夏を買っておるのだよ」
「これ、から?」
繰り返すだけの俺に追い討ちがかかった。
「あの若造はな、お前さんが来る一週間程前に三ヶ月売りに来たのじゃよ。あ?一昨日?それは錯誤じゃな。あやつから夏が失われるまでが丁度そのくらいじゃ。さしづめお前さんは」

道連れじゃろうな。
その締め括りで、俺の頭は真っ白になる。
道連れ。ならもうすぐ、俺は。

ひゆき
- 6 -

「夏って、どうすれば買えるんだ?!」
この店主に買い取れるのなら、自分にだって同じことができるのではないか。買い戻しは可能なのだろうか。頭の中を矢の様に飛ぶ逃げ道。
「夏は高くつく。お前さんでは到底手が出んだろうよ。或いは、冬なら若しくは──」
今、幾ら持っていただろう。夏を売った分の金なら丸のまま残っている。使い道がすぐには決められなかったのだ。
「すまんがワシは買い取るだけでな」
時間がない。

113
- 7 -

「なぁに。夏がなくともそれでお前さんが死ぬわけじゃない」
店主は口元に笑みを浮かべた。
「何年売ろうとも体には傷一つつかんのよ」
「どういうことだ?」
「売られた季節は虚無が埋める。目も耳も鼻も口も手足も、魂を残して全てが虚になる。だがそれでも人とは死なぬものよ」
虚無。2年という数字が急に途方もなく感じた。
あいつは何日耐えたのだろう。何日耐えて、あの決断をしたのだろう。考えるだけで目眩がした。

nanome
- 8 -

「冬を売りに来たんですね。幾つですか」
「えーと、一年?」
「一年ですね、どうぞ」

戸惑う高校生に、一万円を押しつけた。
あのあと俺は春と秋を売り、代わりに冬を買って虚無を埋めた。正しい四季から外れた俺は、秋の初めに死んだことになった。
終わりなき冬で、夏を恋う。夏を買い戻せたなら、二度と冬には戻りたくない。
四季を捨てても構わない。早く金を貯めなければ。
永遠の夏を夢見て、俺は今日も冬を買う。

lalalacco
- 完 -