今日からこの学校の教育実習生としてしばらくの間働くことになった鈴木浩太です。女子校なのでどきどきしてたのも教室のドアを開けた時まで。 「何しに来たんだよ先公」 「かーえーれ!かーえーれ!」 物凄いブーイングの嵐。どうやらここは底辺学校らしい。まるで昭和。某学園ドラマですらもなかなかこんな昭和臭のする教室なんてないはずだ。こうもなってくると逆に楽しくなってしまうのは僕の悪い癖でもあり良い所でもある。
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「こら!お前ら静かにせんか!!」と怒ってくれたのは付き添いの笹原先生。もう定年になるベテラン教師だ。 「いやーん!ささちゃんこわーい!」 「ギャハハハ!!」 「お前ら…!!」笹原先生は顔を真っ赤にして怒っている。 これが女子校なのか。ふと前の席を見るといかにもいかにもな女子がガニ股でパンツを丸出しにしていた。しかも白のパンツなどではない。虎が咆哮している柄だった。何処で売っているんだ、そんな物。
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「というわけで、鈴木先生に担当してもらう教科は、社会。中でも歴史だからな。よく聞くんだぞ‼ それじゃHR終わり。起立!」 笹原先生はがなり立てたけど、誰も起立なんてしなかった。 教室の喧騒はいつまでも止まない。みんな好き勝手な方向を向いて友達と話したり、携帯をいじり回したり。 これはこれで、面白い。腕の見せ所だ。 明日からどんな講義をしようか、僕は内心わくわくした。 ……度胆を抜いてやる。
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次の日、僕は授業冒頭で軽いサプライズを披露した。 「うはっマジ⁉ウザくね?それ!」 「でしょ。って…ちょ…あの新米、なにしてん?」 「内藤梨花さん、はい、いますね。次は羽柴緑子さん、ステキな名前だ。つっぎ、松元美香さん、元気いいですね。それから君…森野玲緒奈さん」虎パンツの彼女は面白く無いと言いたげな目で僕を睨んだ。 僕は生徒全員の名前と顔を一晩で覚え、一人ずつの席を回り出席を取っていたのだ。
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生徒は皆、唖然としていた。だが、 「…それでは、授業を始めます」 と言った途端、すぐに好き勝手な事をし始めた。 だが、僕は平然と授業を始めた。 「…で、この時代は…あ〜、そういえば、このクラスって『底辺』なんだってね〜」 すると、今までざわついていたのが嘘の様にぴたっと止み、全員僕の方を睨みつけた。 「中には退学ギリの子もいるらしいね〜。ま、僕は実習生だから関係ないけど」 「んだと、てめぇ‼」
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胸ぐらを掴んできたのは、出席番号11番の加納愛子。 「そーそー、木村ゆかさん。今日もきてないよね〜」 「ユカのことに口出すな!」 そうだー!しねばかー!もげろー!と援護射撃のように罵声が飛ぶ。 「仲良しなんだ」 「うっせハゲ!」 下調べは済んでいた。 「中絶してからお家に引きこもってるんだってね」 教室が静まりかえった。 加納は顔面蒼白。 僕は、一呼吸おいてから言った。 「お見舞い行かない?」
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その時、後ろの席から押し殺すような笑い声が聞こえてきた。 「くっくっくっ」 出席番号12番、鬼子母神 花子。苗字の凄さとは対照的に色白で折れそうに痩せた子だ。 「鈴木センセ、探偵ごっこがお得意なんですね。私も少し探偵の真似事をしてみました」 A4サイズの茶封筒が花子の手にあった。 花子は封筒の中からおもむろに書類を取り出すと、よく通る声で読み上げ始めた。 「B大教育学部、鈴木浩太…
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「大手企業に勤めるサラリーマンの父親と、保母の母の間の長男として生まれる。その後妹と弟が出来る。仲のいい家族だった。鈴木センセは恵まれてますね。だから、私達の気持ちなんてわかんないんでしょ?」 ニヤニヤしながら花子は言う。周りからも野次が飛ぶ。しかし僕は平然と構えていた。 どうやら、彼女はこれを読むのが初めてみたいだ。 「まだ続きがありますね。 中学生の頃。家に強盗が入り、自分以外皆殺された」
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そこまで読んでから、鬼子母神花子の顔は蒼白になった。 野次を飛ばしていた他の生徒も静かになる。 「別に僕は、順風満帆な人生を送ってたわけじゃあないよ」 そこでクラスを見渡す。 そして前の席に座る森野玲緒奈を見据えた。 「同じ境遇でも、頑張れるんだ」 そして次に先ほどまで胸ぐらを掴んでいた加納愛子に。 「見下されることなんか、なくなる」 それ以降このクラスは急成長を遂げた。
- 完 -