イチゴ一会の効能

ふわふわのスポンジに生クリームをムラなく塗る。 その上に綺麗に生クリームを絞る。 トッピングのイチゴを並べる。 ショートケーキの完成だ。 ──でも、これじゃない。 あの時食べたショートケーキはこんな味じゃなかった。 スポンジが違うのだろうか。 生クリームが違うのだろうか。 それとも、イチゴだろうか。 もう一度、あのショートケーキを食べたい。

林檎飴

8年前

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あのショートケーキを食べたのは、もう半年以上も前のことだけど、あの味と感動は決して忘れられない。 街の広場に来ていたケーキ専門の可愛らしい移動販売車。あの日は、ただ自分へのご褒美にって普通のショートケーキを買って、夜のデザートに食べた。 一口食べた瞬間に広がるクリームの甘さ。フワフワのスポンジに、甘酸っぱい苺のアクセント……いや、こんな簡単な言葉で表せるものでは無かった。

詩夢

8年前

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あのケーキを食べた途端、身体の皮がべろりとむけた心地がして、なにもかもうまくいくと信じられるようになった。 ただのショートケーキなのに。 私は、ケーキを買った移動販売車を探してずいぶん広場に通った。曜日や時間帯を変えてみたりもしたけれど、あれから一度もあの販売車を見たことはない。 買えないのなら自分でつくるしかない。 いつしか私はパティシエになることを夢みるようになっていた。

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新しい自分へ脱皮するかのような感覚を伴う、あのショートケーキを食べて貰ったなら、きっと、みんなも気持ちが軽くなる。ケーキを作ることで人を幸せにする、パティシエはなんと偉大な職業だろう。 近所のケーキ専門店に弟子入りを志願して、ケーキ作りの基礎を習った。 後はあの味を再現するだけ。ケーキ作りを教えてくれた先生も、例の移動販売車のことは知らないようだった。 美味しさの秘密がきっとそこにある。

aoto

8年前

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ある日の休憩中、私は懲りずに広場に向かった。 今更あの販売車に出会えるなんて、期待はしない。でも、もうすっかりあのショートケーキを探すことが日課になってしまった。 ちょっと早めの春を感じさせる、暖かな日差しが降り注ぐ。もちろんお目当ての姿はない。 小さく溜息をついて、広場を出る。ふと顔をあげると、一台の車が横切った。 薄桃の可愛らしい車体。ふわりと優しい、甘やかな香り。間違いない。

セイジ

8年前

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やっと見つけた、ずっと探していたその車に向かって一目散に駆け出す。 ショーケースの中には、あの時と同じように可愛らしいケーキ達が並んでいた。 そして、一番隅っこに一つだけ取り残されたショートケーキを見つけると、私の胸は高鳴り、運命さえ感じた。 ショートケーキを一つ、私がそう言うと可愛い店員さんが笑顔でショートケーキを箱に詰めていく。 まるで宝石を扱うかのように、大切に、慎重に。

mokki

8年前

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次はいつ来ますか?ショートケーキを受け取った私は思わず聞いていた。 驚く店員さんに、私は興奮気味に話してしまう。ここのショートケーキが忘れられなかったこと、再現したくてケーキ屋に弟子入りしたこと、そして、是非また巡り会いたかったこと等々。 すると店員さんの表情がぱあっと明るくなる。 そこまで感動してくれた方がいたなんて、オーナーもきっと喜びます。 ……でも、残念ながら今日が最後なんです。

haduki

7年前

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どうしてですか? そう聞いた私に、店員さんはただ微笑むだけだった。 去っていく薄桃の車を見つめる。あっという間にそれは見えなくなって、右手に持つ箱のショートケーキが早く食べてと言っているようだった。 家に帰っても、私は何故だか、ショートケーキを食べる気になれなかった。 リボンのついた可愛らしい箱は、寂しそうに甘い香りを漂わせている。 私は立ち上がった。

茜音

7年前

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広場につづく桜並木が微かに色づき始めていた。 街はいつもと同じ顔をして、私に挨拶をくれる。街は変わらずとも、半年前の自分を振り返ると少しだけ私は変わったのかもしれない。 それとも、大きく変わったのかな? ──ともあれ、二度とあの日のショートケーキを食べることはない。 綺麗におめかししたケーキ箱を渡すと、大切な親友は満面の笑みを湛えた。 「けど、次はあなたの作るケーキが食べたいな」

furusuke

7年前

- 完 -