吾輩、ペルシャ猫のマダナイ

我輩はネコである。 名前はマダナイ。 まだ無い訳ではなく、「マダナイ」という名前なのである。 マダナイとは、何処かの言葉で「まだ無い」といった意味らしい。

noname

13年前

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我輩は人間からするとノラ猫というものらしい。マダナイという名を付けたのは、名前も知らない人間の雌だ。 あれは寒い雪の降る夜だった。 我輩は小さな箱に入れられ、神社の境内に捨てられていた。元の飼い主なんて、今となっちゃあ顔も覚えていない。 凍え死にそうになっていた我輩を、通りすがりの一人の少女が抱きかかえて動物病院まで連れてくれたのだ。 目が覚めたら、少女の姿はなかった。

ari

13年前

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「あの子は困るんだよ。捨て猫を拾っては勝手にうちの前に置いて行く」 ぼさぼさの髪を掻き乍ら吾輩に話す。後で知ったがこれは獣医と云う種類の人間で、吾輩たち獣の病を治してくれる有り難いものだった。獣医は吾輩の体を寛げてあちこちを調べる。 「ふむ。栄養が不足していること以外は、悪いところはないようだ」 そう云うと皿に載った細長い銀色のものを差し出す。後に吾輩の好物となる秋刀魚との初めての出逢いであった。

saøto

13年前

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我輩は獣医のもとでしばらく暮らす事になった。保護という暮らし方らしい。一日に数回、カリカリしたおいしいつぶつぶが与えられる。ときどき秋刀魚も運ばれてくる。 この獣医というやつは我輩の望む事をなんでもしてくれる。人間の世界ではかなり地位の低い人種なのだろう。 獣医が保護している動物は我輩だけではなかった。他に猫が2匹、犬が1匹いた。あるとき獣医がこう呟いていた。 「もう、うちでは保護しきれんなぁ」

Midvalley

13年前

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保護されている猫の一匹が、新入りの我輩に興味を示した。 「よお、新入り。お前は不細工だな。これじゃなかなか貰い手はつかんだろうぜ」 片目の潰れた斑猫だ。名前は無いらしい。かなりふてぶてしい奴で、我輩の食事を横取りしようと常に狙っている。かなり臭い奴だ。奴のことは無視することにして、我輩はもう一匹の猫にチラと視線を投げた。 毛艶の良い雌の黒猫だ。不思議な色の眼をしている。言葉は通じないようだ。

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「その子にゃ話しかけてもムダじゃよ。」 年寄りの犬が面倒くさそうに言った。 「耳が聞こえないのかい?」 「いいや。見てわかるとうり、音が聞こえりゃその子の耳はよく動いとるよ。」 「口がきけないのかな。」 「さあ、どうだかな。そいつはその子に聞いとくれ。」 「聞くって言ったって、言葉が通じないんだろう?」 「ま、そのうちにわかるさ。」 …? おかしなコトを言うジイさんだな。

iqanpyu

13年前

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しばらく観察していると、 黒猫はなにやら訳のわからない言葉を口にした。 ถกาวสเวงัดวยเดงฃีพพกีร้เำำะกปสีพๆๆ่ย ほれ、この調子さ。 年寄り犬はやれやれ…と言いながら自分の小屋へ姿を消した。 あれ、この言葉、どこかで聞いたことがある。 我輩の遠い記憶が蘇る。顔も覚えていない飼い主…確か彼らは日本語、いや違う言葉を喋っていたのかもしれない。

Seira

13年前

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そこは暑く、乾いた大地だった。 海がそばにないらしく、魚を見ることは希だった。秋刀魚は何かの折に触れ、肉球で数えるほどくらいにしか食べられなかった。 そのような場所で育ったからこそ、我輩は寒さにめっぽう弱かった。 飼い主は我輩を幾何学模様の入った毛布でくるんでくれたものだった。 記憶は湯水のごとく溢れ出てくる。 ああ、懐かしい。

aoto

13年前

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飼い主は顔以外、全身布に包まれていた。 優しい声でよく吾輩を撫でた。 そして決まって言った。أموت فيك だが吾輩は彼女を傷つけてしまった。 もう吾輩はこの国で生きていくしかないのだろうか。 「マダナイ!」 突然、人間の雌が名を呼んだ。 「ねーおかーさん!あっちの黒猫もほしー!」 それは吾輩の名付け親だった。 「仕方ないわねー。」 吾輩は新しい生活を送る。アラビアを夢見て。

13年前

- 完 -