青春ビニールアンブレラ

放課後、雨が降っていた。 朝は雨が降っていなかったから完全に油断していた。 こういう場合、青春を謳歌している女子高生なら、彼氏と相合い傘というイベントがあるのだが、青春という荒波に乗り遅れた私には、そんな相手はいない。 恋愛に興味がないわけではないが、自分で告白する勇気はない。 かといって、告白してくれるような殊勝な人はいない… だから私は悪くないんだ。

Bullet

12年前

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「傘、忘れたなら貸そうか?」 背後から急に話しかけられ、飛び上がりそうになる。 振り向くと同じクラスの青木君が紺色の傘を私に差し出していた。 「でも、それなかったら困るんじゃ?」 ドラマのような展開にドキドキしていると、青木君は「俺は彼女の傘があるから」と言い、少し離れたところで私に向かって軽く頭を下げる女子を見ていた。隣のクラスの相原さんだ。 簡単にドラマな展開にはならないものだ。

12年前

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流石男子が使う傘は、広くて大きい。いまも威勢のいい音をジャンジャン立てながら、私を雨から守ってくれている。相原さんいいなぁ、私もこんな頼もしい彼氏が欲しいなぁ。 そう思った矢先、気になっている男子が道の前を歩いていることに気づいた。これは運命に違いない...。 その後、かくして男物の傘をさしていることに気づいた私は、傘で全身を隠し、小走りで彼を追い越すはめとなった。 ああ、これが運命か...。

12年前

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「お、青木じゃんか!」 紺色の傘に声が掛かる。もしかして私?と振り返ると彼はひどく驚いた顔をした。 「あれ?永瀬だった!」 「傘、青木くんが貸してくれて」 そっか、と言って彼は私の隣に並んだ。土砂降りの雨に私の心臓の音は掻き消される。神様ありがとう!と先程までの落胆を都合良く消し去った。 「降水確率90%だったのに。傘忘れちゃったの?」 「あ、相合い傘しようと思ったの!」

餡蜜.

12年前

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「そっか。ん?永瀬、彼氏いた?!」 なに、そのびっくりした顔。私、彼氏いるわけないって思われてんの?有名? 「い、いないよ。だから冗談です、はい……」 相合傘とか虚しいこと言いましたよ、すみませんね。すると彼は手を叩いて合掌のように手を合わせた。 「じゃあ悪いけど傘交換してくれねえ?このビニ傘小さくてあちこち濡れるんだよね」 確かに、片方の肩やリュックが濡れてる。 笑ってしまった。

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いいよー、と軽く言いかけて言葉に詰まる。 又貸し、良くない。 すると一瞬の無言から私の気持ちを見てとって、彼は「じゃあ相合傘しよっか」と笑った。ビニ傘を閉じ、近付く距離、触れ合う肩…… なんて展開にはならず、彼はきょとんとした顔で私を見る。 良いよね又貸し!青木くんの友達だし。青木くん許してね! 変な妄想をしてしまった恥ずかしさに悶えながら、 「い、いいよ」 私たちは傘を交換した。

トウト

12年前

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傘を交換する時に手が重なる。雨で濡れて冷たいはずなのに彼の手は温かい。 なんて展開にもなるはずはなくすんなりと傘の交換は終わった。 「あ、えとこれ明日持ってきて帰すね」 「いいよ。ビニ傘だし。やる」 どきりとした。ビニ傘だけれど確かに彼が使っていたもので、彼のものなんだそれを…。 「で、でも悪いよ!ビニ傘だって買ったものなんだし…」 「んーじゃあ永瀬の家まで行くわ。で、もらって帰る」

ハイリ

12年前

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突然の提案に、私の頬は紅潮する。 その変化を悟られまいと、傘で顔を隠そうとしても、ああこれはビニール傘。 ホクロ一つ隠せやしない。 運命の神様は一体、何を考えているのだろう。 シーソーのように、交互に悲喜がやってくる。 ………交互に? 「い、いいよ!」 少し遅れて、でも力強く返事をした。 きっとここが、高校最後の…ラストチャンス…!! か細い傘の持ち手をギュッと握り、慎重に、言葉を選んだ。

カンザキ

12年前

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でも、いくら考えても、ドラマのようなセリフは思い浮かばない。神様はやっぱり残酷だなぁ、と思ったその時、 「あっ虹‼︎」 慌てて顔を上げると、目の前に虹が架かっていた。 「綺麗…でも、この傘、ここで交換だね」 折りたたんだ傘を差し出すと、彼は少し考え込んで、 「いい。今度その傘取りに行くから、それまで持ってて」 と言って、彼は走り去った。 残された私は、少しの間立ち止まって、ビニ傘と神様に感謝した。

lin zhong

12年前

- 完 -