友人に教えてもらって作ったミサンガ。 白とクリーム色と淡いピンクで作ったそれは少し短すぎ、無理やり腕に結ばれて以来取れない。 切ることも出来るが、それでは願いは叶わない。 一年経ち、もう友人たちの腕にはあの時に一緒に作ったミサンガはない。 『え?とっちゃったよ』 『てか緩くなって取れちゃった』 ミサンガが切れた時、私は死ぬ。 【安らかに死ねますように】 それが私がミサンガにこめた願いだから。
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この一年、生きる意味を探していたの。 双子の、もう一人の私が居なくなってからの一年、ずっと、ずっとずっと。 違う街に引っ越して、違う景色を眺めたりもした。たくさんの思い出を作って、あの記憶を消そうともした。 何かにすがりたくて、何かを変えたくて、色褪せた左腕のミサンガを、この右手で握りしめて生きてきた。 でももう、それも終わりね?
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いなくなった私は、双子の片割れであり、少し早く生まれた兄であり、恋人であった。 私達はいつも一緒だった。 学校も、帰り道も、部屋も。 思えば母親のお腹の中から一緒なのだ。好みも思考も違うはずがない 。 でも、運命は違った。ほんの少しのズレた時間に、私は半身を失った。不慮の事故で。 私はミサンガを編んだ。白は失った私へ、クリーム色は気の合う兄へ、淡いピンクは愛しいあなたへ、想いと願いを込めて。
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そして完成したのがこの短いミサンガ。短過ぎてもってせいぜい半年が限界だろうと思っていたが、思いの外長くもっている。 三つの色は霞み殆ど色は抜け落ちていた。 それでも色が落ちないところがただ一点だけある。 ミサンガの結び目だ。ここだけは三色とも元の色を保っていて、それを見るたびに私は励まされ、生きる意味を探そうと思い直した。
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遺影の前に朝ごはんを置くのは私の役目。 母親は兄を喪った日から寝込みがち。父親は仕事に打ち込んで悲しみから逃げている。 引っ越して、兄の気配は少し薄れたけれど。大切な人の喪失は、じわじわと時間をかけて、私たちを蝕む。その空白は何を持ってしても決して埋まらないことを痛感させられる。 人が死ぬって、時間がかかることなんだ。 私は一人きりで朝ごはんを食べる。ミサンガの結び目だけを睨みながら。
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同じ一人の人を想いながらも家族皆の心はバラバラの場所にあった。 同じ一つ屋根の下に居ると言うのに壁を感じずにはいられない。心身共に遠い遠い存在。 ーーー…ねぇ、戻って来てよ。もう一度、もう一度だけでいいからあの笑顔を。 そんな私の願いは涙となりミサンガを濡らす。 人は皆叶わない事とは知っていながらも祈る事をやめない。だから私も毎日このミサンガに祈りを込める。 叶わないと分かっていても。
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兄の命日。 あなたへの想いが込められたミサンガに私は問う。 あなたを喪い、私は生きる理由を見つけられたのか。 あなたは今の私たちを見て何を想うのか。 死ねばあなたの笑顔にまた逢える。 そう信じて結った3色のミサンガ。 この糸が切れたら私は死ぬ。 このまま死んでいいのかな? 答えは未だ色褪せぬ結び目が教えてくれた。 私は新たに3色の糸を固く結んだ。 とにかく固く。この糸が切れる前に。
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彼の想いはきっと私と同じだ。彼は私のたった一人の双子の兄であり、初めて想いを分かち合った恋人なのだから。 あなたは悲しむだろう。 私が悲しんでいるのだから。 あなたは生きたかったはずなのだ。 私が生きて欲しかったと望んだのだから。 それなら、小さなミサンガを切らせてしまうわけにはいかない。 きっとあなたも私が死んでしまうのを悲しむはずだから。 私の片割れであるあなたを本当の意味で弔おう。
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クリーム色は気の合う兄へ、淡いピンクは愛しいあなたへ、そして白はこれからあなたの想いと共に生き続けていく私へ。 新しく作ったミサンガは私の腕には少し大きかった。でも、それでいい。 色褪せたミサンガの結び目を解く。新しい鮮やかなミサンガの結び目が、一年前のミサンガの願いを受け継ぐのを私は感じた。 【あなたが安らかに眠れますように】 それが私が新しい3色のミサンガに込めた願い。
- 完 -