クリスマスの出来事

「木村くん。」 「はい。」 「君に折り入って頼みたいことがある。」 そう言って少佐は話し始めた。元から滑舌は悪かったが、今は何が恥ずかしいのか余計にモゴモゴとしている。 「君は優秀なスパイだ。私の頼んだ任務はどんなことでも成功させてきてくれた。」 「ありがとうございます。…で、頼みというのは?」 「あぁ、そうだったな、実は── ──娘にクリスマスプレゼントを届けて欲しい」 「はい?」

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6年前

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「とても素直な子で、お友達から聞いたサンタの話をすっかり信用してしまってな。どうしても会いたいと言ってきかないんだ。」 「ええと…つまり、サンタ役が今回の任務だと…?」 「なにか問題か?…あぁ、安心してくれ。もちろん我が家に煙突はある。」 「そういう問題じゃないです。」 「なら移動手段のトナカイか?それもこっちで用意するからなにも心配はないぞ?」 「こっちはありまくりなんですよ。」

onogata

6年前

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少佐には頭が上がらない。 新人の頃。軽いノリでフリーで入った雀荘で、同じ卓にいた男がまさかヤクザとは知らず、因縁をつけて100万近くぼったくられそうになった事があった。 もう、終わったと思った時、隣の卓で打っていた武藤少佐が。ヤクザの言いがかりを軽く論破して、私の事を守ってくれた。 命の恩人武藤少佐。私のヒーロー。 …いや、どうだろう。 とにかくそれ以来、私はずっと少佐のシモベ。

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「…あの時、私が居なかったら、君はどうなっていたのやら…」 「あ゛ーっ!分かりましたよ!行けばいいんでしょ行けば!」 少佐は何かにつけてこの台詞を切り出して来るから、たまったものではない。 「解かればよろしい。では」 「これは?」 「我が家の見取図だ」 私は手渡された見取図を眺め…ええ⁉︎ 図には、無数の防犯カメラやセンサー、迎撃システムなどが事細かく描かれていた。 って、要塞かこの家は!

hyper

6年前

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もしや少佐は私を試しているに違いない。この次には大きな任務があり、それの選抜試験という事に違いない。きっとそうだ。 「分かりました!必ずや成功させましょう」 「どうした。急に元気になりよって」 「いやっ…!少佐の娘さんの夢見るサンタクロースになれると思うと喜ばしくて!あは、あははは…」 私は試験だと無理でも思い込み、この公私混同している少佐の無茶な"任務"を遂行するしか無かった。

Luon

6年前

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とうとうクリスマスがやってきた。 「必ず成功させる」心の中でそう呟いて任務を開始した。 プレゼントを抱えてセンサーのない煙突から侵入する。 そして、音を立てないようにそっと暖炉から出る。 ここまでは順調だ、問題はここからだ部屋に設置された無数の監視カメラに映らないようにカメラの僅かな死角を進んでいく。 もし映りこんで仕舞えば迎撃システムが作動する、そうならないように慎重に進んでいった。

深夜

6年前

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そして、ようやく少佐の娘さんが眠るベッドの前まで辿り着いた。 それにしても、娘さん可愛いなぁ。 少佐に似てなくて良かった。 おっと、余計な事を考えている場合ではない。 ふぅっと大きく息を吐いて雑念を捨てる。 ベッドの前にも当然のようにセンサーがある。 引っ掛からないようベッドに近づき、枕元にプレゼントと私、もといサンタからの手紙をそっと置く。 後は来た道を戻るだけ。

Dr.K

6年前

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そう思いながら振り返った私は驚いた。 入室した時には部屋の角で鎮座していたロボット掃除機が進路を塞いでいたからだ。 普通のロボット掃除機ではない異様なシルエットに私の全身が震える。 軍人の家の物らしい武装がされている事が分かったからだ。 全ての銃口や砲塔がこちらを向いていた。 こんなドジでノロマな私でも軍人の端くれなので、手榴弾はもちろん簡易地雷や短距離ミサイルなどの他の装備の匂いも感じられる。

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一発の弾丸が私に向かって発射された。 私は避ける間も無く、弾丸は私の頭に命中した。 少佐とその娘が死体の前に立っていた。 「娘よ 分かっただろう。サンタはいなくなったのだ。だから来年からはあれが欲しいこれが欲しいと言ってはいけないよ」 少佐はニッと笑った。 もう無駄な出費をせずに済むのだ。あの時こいつを助けておいて良かった。 家の外では何事も無かったかのように静かに雪が降っていた。

5年前

- 完 -