土砂降りの雨の中仕事から帰った俺は、汚れた作業着も脱がずに、床に寝そべる。やっと仕事が終わったのにこれからまた「仕事」があると思うと、気分が沈む。 IKEAで買った小さな机の上には、空のカップラーメンと最近買い替えた白いスマートフォン、そして黒い革表紙の「許可証」とどす黒く汚れた刃渡り1mくらいの白い刀がある。 そういえばこれが突然送られてきたのも、こんな土砂降りの日だった。
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その日、俺はいつになく疲れていた。仕事仲間と揉めたり、上司に叱られたり、散々な1日だった。土砂降りの雨の中を急いで走る。いつもはきれいな服に着替えてから帰るが、この日は作業着のままだ。 仕事場から走って20分の所にある、木造3階だてアパート。建設会社の社員として働く俺は、ここに住んで8年目だ。 階段を上り、部屋に入ろうと鍵を開けてると 「川上さーん、荷物届いてますよー。」 大家さんの声だ。
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何だろう? 何かを頼んだ覚えも、届くと連絡のあった物も無い…。 本当に何だ? 取り敢えず僕は、荷物を取りに階段を降りて行った。大家さんが傘を刺しながら荷物を抱えているのが目に入る。見た所、何の変哲もない段ボール箱のようだった。 ただ一つ、箱の色が真っ黒であることを除けば。 「…これを果たして開けたものか」 自室に荷物を持ち帰った僕は、悩んだ。この段ボール箱からは不穏な気配しか察知出来ない。
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困り果ててしばらく箱を眺めていると、奇妙なことに気がついた。 かさ、かさ。 かさかさかさ。 微かな音が聞こえてくるのだ。恐る恐る箱に耳をつけてみると、それは間違いなく箱の中から聞こえてくる。 かさかさ。がさっ。 がさがさ、ざざっ。 どんどん音は大きくなってくる。 気味が悪い。捨てよう。そう決意して箱から耳を離した瞬間、ぴりっとガムテープに亀裂が入った。 ひとりでに箱が開いてしまったのだ。
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俺は驚き、箱を床に落とした。 ゴトッ …あきらかに段ボール箱の音ではない。 そんなことを考えている間にも箱の亀裂は広がっていく。 ビリッ 中から出てきたのは、白い刃物。 それはフッと宙に浮くと中に入っていた禍々しい黒の紙に 『許可書』 と刻み込んだ。 そしてそのまま事切れたように床に落ちた。 俺は一連の出来事をただ見つめていることしかできなかった。
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恐らくは、それらを箱に戻しすぐに捨てるべきだったんだろう。 だけど刀なんて簡単には処分できない。躊躇って、そのまま机の上に置き、見ないふりをして一週間。 替えたばかりのスマホに着信があったのは昨夜のことだ。 『明日の夜、やって』 見知らぬ番号。聞き覚えのない女の声。 はあ? と間の抜けた返事をすると、 『大丈夫、罪にはならないわ。許可証があるんだもの』 行く先を一方的に伝えて電話は切れた。
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そして、今日だ。無視することもできたが、手は「許可書」と白い刀に伸びていた。重い体に鞭打って立ち上がり、外へと駆け出す。 この天気のせいで、人の気配は感じられない。いっそ職務質問にかけてもらいたかったが、誰にも会うことなく目的地に辿り着き、違和感を覚える。 広い公園に誰かが立ち尽くしている。見覚えのある逞しい背中、手には黒い刀。 意を決して一歩踏み出した瞬間、振り返った男と視線がぶつかった。
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「か…川上?」 それは会社の上司だったが、目は血走りまるで別人の様な形相だ。 「あんた…逝っちまってんのか?」俺は思わず呟いた。 だが上司は質問で返して来た。 「へへ…へ…そうか〜川上〜お前か。持ってるのか?あれを」 「何を?」 「惚けんな!許可書だよ!ふざけやがって!何で俺のは終わりなんだよ!」 そう言って彼が投捨てたのは赤い紙だった。 『期限切れ』の文字が雨に打たれる。 その刹那!黒い閃光が!
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意識するよりも早く、手の中の刀が一撃を受け止めていた。 刹那、白い刃が吸い込まれるように上司の胸を貫く。 「……!」 傷口から鮮血の代わりに黒い水がごぼりと溢れ、刃先を伝って滴り落ちた。 「畜生が……次は……お前、が……」 言葉を紡ぎ終えることすら出来ずに、肉塊と化したそれはどうと倒れ伏した。 ──俺は、強いられるように理解した。 自分が何を許可され。 どう生きる羽目になったのかを。
- 完 -