時間もページも無いから簡潔に説明すると、僕はテレパスだ。人の思考が読める。 そして転校生の長谷部 葵(はせべあおい)は、隠密…つまりくノ一だということを思考から読み取ってしまった僕は、長谷部に命を狙われるデンジャラスな日々を送っている。 そして今日も、ノートを配るフリして僕にだけは手裏剣を投げてきたので、慌てて教室から飛び出し、今に至るというわけだ。 最近では、長谷部が楽しんでるように見える。
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「あー、くそっ!」 小さく悪態をつきながら階段を登る。 静まり返ったその場所で、僕の足音だけがカンカンと規則正しく響いた。 登りきってドアを開けると其処は屋上。僕のとっておきだ。授業をほっぽり出してきてしまったが、まぁ気にしない。殺されるよりはマシだ。うん。 しっかしよくもまぁ、あんなじゃじゃ馬に目を付けられたもんだ。あんの猫かぶりめ…。大体、裏表激しすぎなんだよ…。 あーくそ。最悪だ…
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僕は扉をバタンと閉めると、屋上の恩恵を全身で浴びるべく、すぐ横にある梯子に手をかける。しかし… ガキーーン‼ 僕の耳元をクナイが掠め、コンクリートの壁に刺さった。 振り返ると、案の定長谷部が金網をバックに次の武器を投げる姿勢で構えていた。 「どっから出てきたんだ⁈」 「ずっと居た」 ブンッ、と手裏剣を投げながら答えられた。避けつつよく見ると足元に、金網模様の布が投げてあった。 ベ、ベタな…。
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「授業はどうしたんだよ!」 「変わり身の術くらい使える」 つまりあの布団の簀巻きみたいなやつが今頃長谷部の代わりに授業を受けているというわけだ。どんな術なのかよくわからないが、先生や皆はあれで騙されるらしい。 とにかく登りかけた梯子から降りようとしたら、足元にまきびしが散らかっていた。 「何でそこまで!」 「我々の正体を知った者は消さないといけない。これは掟。掟破りは死あるのみ」 マジで!?
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つまりは、僕かこいつ、どちらかが死ななきゃ収まらないということか? 冗談じゃないぞ。 もちろん僕は死にたくないし、かといって長谷部が仲間に消されるというのも…何か後味が悪い。よくよく見れば、こいつ結構かわいいかもしれないし。 何か打開策はないものか。僕は必死で考えを巡らした。 「じゃあさ、こういうのはどうだ? 僕はおまえの正体なんか知らない。単なる中二病で、自分を隠密だと信じてる女だと思ってる」
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「誰が中二病だ!」 僕の首筋に忍び刀が突きつけられる。 「そういう事にしましょうって話だよ。僕が死ぬのも、おまえが死ぬのも嫌なんだ」 「…甘い奴」 長谷部は刀を収めると、散らかったまきびしを片付け始めた。 「どうやって私の正体を見破った」 「人の心が読めるんだ。テレパスってやつ」 「テレパス?」 長谷部は少し考えてから僕に言った。 「ならば、頼みがある」 「え?」 「心を読んでほしい人がいる」
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連れて行かれた場所は近所の山。 「よし、ここは人は全く通らん。さぁ、始めるぞ」 「何をだよ!」 腰まで伸びたポニーテールを揺らしながら彼女は溜息をついて俺を呆れたような目で見た。揺れた髪から俺好みの香りをしたなんて誰にも言わない。 「空間移動の術だ」 彼女は地面にスラスラと紋章らしき絵を書く。 「私の家系にしか使えない。父から…」 父と言った瞬間、彼女から物凄い悲しみの感情を読み取ってしまった。
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「…教わったんだ」 紋章が光を放ちはじめるやいなや視界に無数の葉っぱがよぎる。風で草が巻き上げられたのだ。しかし強風が肌に当たる感触は無い。不思議な風は光を拡散させ、ふたりを光の竜巻の中に閉じ込めた。 初めての体験にうろたえるも先程の彼女の強烈な悲しみをスルーしてはいけない、と直感がそう告げた。きっとこれから行く所と関係があるのだ。 言葉を探した矢先、落とし穴に落ちたような感覚。 「着いたぞ」
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竜巻が薄れ、真っ先に僕の視界に飛び込んできたモノ。 「私の父だ。一昨日敵の毒矢を受けてから言葉を話さなくなった…父の心を読み取って欲しい」 眼を見開いたまま布団に横たわっている男。僕は生まれてこの方、人の思考が読めないなんて事は無かった。しかし、彼女の父親からは何の感情も読み取れない。考えられる理由は一つ… 「ねぇ、父上は何て言ってる?ねぇ…」 虚ろな瞳で詰め寄って来る彼女。僕は、家を飛び出した。
- 完 -