「僕も頑張ったらレッドみたいになれる?」 子ども達に大人気の戦隊ヒーローの一人、レッド。幼い弟も例に漏れずレッドにひどく憧れていて、目を輝かせていつか僕にそう言った。 僕は、首を振ったに違いない。 嫌いだったのだ。 あの澄んだ瞳が、綺麗な心が、僕がなくしてしまったものをすべて持つ弟が、嫌いだった。 僕はその時、笑っていたと思う。 「お前はお前だから」 ヒーローなんてなれっこない。
- 1 -
「──じゃあ、ここの修正を」 僕は会社員になって、はげ散らかった上司の不憫な頭を見下ろしながら、そういう、たいそう昔のことを思い出していた。 僕は資料を自分のデスクに置いて、缶コーヒーをこさえて、屋上にのぼった。 「ヒーローなんてなれっこない、か」 僕の人生にはいまいちハリがなくて、輝いたことがなかった。劣等を認めたくなくて、人の輝きを忌み嫌って、どうせあいつらは、なんて言うばかりだった。
- 2 -
偏差値50の人生。 大学も恋愛も仕事も普通。良くも悪くも平均値の人生。 困った事に 俺の日常はそれで不満なんてない。 「 兄貴!」 陽気に手を挙げたのは弟。 金曜の20時 新宿西口は人で溢れかえっている。 弟に呼び出され待ち合わせていた。聞けば些細なことを大袈裟に相談してくるのはよくあることだった。 今日何だ? 困った事に 弟の顔を見た時ばかりは思う。 俺に他の生き方はなかったかと。
- 3 -
「ちょっと困ったことがあるんだ。聞いてくれる?」 弟は陽気に、それでもずいぶん深刻な話を聞かせてくれた。 「彼女がちょっとやばい事件に巻き込まれているようで、彼女がそれを断ると、僕にも被害を及ぼすぞって脅されているらしいんだ」 どうしたらいいと思う? 屈託なく弟は訪ねる。 お前ももういい年齢なんだから、自分のことは自分で始末をつけろよ。 いつもなら言う台詞が妙に躓く。
- 4 -
昔のことを思い出していたからだろうか。それとも己の人生を顧みたからだろうか。なぜかこいつを助けてみたくなったのだ。 「しょうがないやつだな。優秀な弁護士を知ってるからお前に紹介してやる」 「ホントに⁉ありがとう兄貴!」 「ほら、これが電話番号。料金が結構かかるから、金が足りなくなったら貸してやる」 「マジでどうしたんだよ。いつもなら厳しいこと言うくせに。今日の兄貴はヒーローみたいだよ?」
- 5 -
それ以来、僕は、弟のどんな些細な相談にも応じてやった。 弟は、自由奔放に育ったせいか、いまいち地に足が付いていない。そのせいか、小さなトラブルは日常茶飯事だった。 慎重で責任感の強い性格の僕には理解出来ない反面、そんな弟をいつも羨ましく思っていた。 『兄貴って、ほんと頼れるよな。冷静だし、博学だしさ』 面倒を一つ解決する度に、浴びる賞賛と、弟の尊敬の眼差し……。 次第に僕は、病みつきになっていた。
- 6 -
僕は弟にとってヒーローなんだ! 僕は有頂天になり、様々な弟の要求を受けてやった。自身の判断力が鈍っている事も知らずに…。 ある日、僕の携帯に一本の知らない電話がかかってきた。僕はとりあえず電話に出た。 「もしもし?」 『あ〜、○○さん?ちょっといいかな?』 電話の向こうから、偉そうな男の声が聞こえてきた。 「どちら様ですか?」 『あのねぇ、あんたの弟がウチの借金支払わないで消えちまったんだよ!』
- 7 -
俺はヒーローのはずだった、少なくとも自分ではそうではなくとも”弟” にとってはそうでありたかった。それが自分の存在価値の1つであったと思う。 こういう形で崩されてしまうのも俺は別に構わない、なぜならヒーローではないからだ。 形だけだったから。 ただ嘘でもいい、頼ってくれようとするであれば無条件に頼られよう。 そこでそれをすべて終わりできるなら。
- 8 -
「いくらですか?」 『は?』 拍子抜けな声が電話の向こうからきこえる 「俺が払います。」 やはり、やめられないんだ。 『15万だよ』 なんだか高いのか安いのかよく分からない金額 「わかりました、俺が払うので金輪際、弟には関わらないでください。」 俺は、弟のヒーローなんだ! 『明日、取りに行く!』 俺の家の住所を教えた なぁ、俺は、お前のヒーローになれてるか? お前の憧れたレッドに…‼︎
- 完 -