心巣という名の喫茶店
それは木曜日の出来事。
特に予定もないのに有給を使ってしまった私は、まくらを抱きしめながら天井を眺めていた。
「あーあ、なんだかなぁ」
はだけた服に手を突っ込んで、胸元を掻く。女らしからぬ仕草はすでに惰性となっていた。
朝御飯には納豆と沢庵とコーヒーを。
そんなチョイスを好む私にも、そろそろ出会いがあってもよいのではなかろうか?
「よし、何処か行こう」
こうして、不思議な木曜日が始まった。
- 1 -
カフェインのおかげで頭は爽快に冴えていたけれど、身体は連日の勤務で少し疲れていた。
そうだ、エステとかマッサージとかに行こう。リラクゼーションを求めて。
ラッシュの時間を過ぎた駅前を、すっぴんにTシャツにジーンズ、ラフな格好でぶらつく。出会いを求めるには素が過ぎるかもしれないけれど、素を求めてくれるような人と出会えれば。
それが一番心地よいはずだ。
ふと、見覚えのない店が目に入った。
- 2 -
古い扉を引くと、ぎぃという音がした。中にはレトロで上品な空間が広がっていた。
「いらっしゃい」静かで優し気な声が聞こえた。
そこには、静かに微笑む男性がいた。年は30代前半くらいだろうか。背は高く、体はすらっとしており、片手にコーヒーを持っている姿がなんとも様になっていた。
「珍しいね、お客さんが来るなんて」
彼はコーヒーを置くと続けた。
「君は何に呼ばれてきたのかな?」
「え?」
「このお店はね
- 3 -
心に何かを求める人が、その何かに引き寄せられる魔法の喫茶店なのさ」
男性が爽やかな笑顔で余りにも唐突な台詞を言ったものだから、私は思わずキョトンとなってしまった。何て返せばいいんだろ…。
「…ぁ、…えっと…」
私がしどろもどろでいると、男性は今度は激しく吹き出し笑い出した。
「ぷっはは、ごめんごめん。一見さんだったから、ちょっとからかいました。いらっしゃい、ようこそ喫茶心巣へ」
「こころ…ス?」
- 4 -
「そう、心巣。君には今、欲しいものがあるんじゃないかな?」
「欲しいもの…?」
服や化粧品には困っていない。困っているように見えるかもしれないけれど。
「お金で買えないような欲しいものが」
ギクリとした。男性は私の目を真っ直ぐとらえる。
私が思い当たるそれを言おうか迷っていると、男性は「まあ、コーヒーでもどうぞ」と微笑んだ。
どうやらこの喫茶店のコーヒーはメニューではないらしい。
- 5 -
普段から瓶詰めの粉コーヒーとお湯を適当に混ぜ合わせる飲み方しかしない私。味に無頓着だからこそ、選択肢がないのは難儀でしかなくて。
「あ、あの私できればアメリカンが…」
とは言ってみたが、男性はあっという間にコーヒーを出してくる。見た限りは深煎りで、余韻が舌に重そうだ。私、こんなの求めてないのに…そう思ってしぶしぶ口を付けたけど。
なにこれ、ドンピシャ!
「見た目より素直な味、お口に合ったかな?」
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香りは強いのにあっさりしてまろやかで、甘いものも欲しくなってきた。あれがいいな。
と、男性がすっと差し出したお皿に乗っていたのは、温泉まんじゅう。
「なんでわかったんですか?私が今食べたかったもの···」
私がきょとんと尋ねると、男性はくすくすと笑った。
「あなたは本来素直な方のようですからね。人間も素直なのが一番ですよ。あなたが欲しいと思ったものは本当に欲しいものですか?」
- 7 -
本当に欲しいかと問われれば、今のところ、焦るほど困ってはいないのが実情だ。
元々、一人でいても寂しくならない質だし、女っ気を捨てて、惰性を貪るのは心地よい。
昔付き合ってみた男は、ヤらせろしか口にしなかった。媚びるのも得意ではない私は、彼との付き合いが酷くつまらなかった。ソレについても、彼がそこまで執着するほどに気持ちいいものだとは思わなかった。
今の生活に、要らないといえば、要らないのだ。でも、
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愛し愛されたい
誰かを好きになりたい
誰かに好きでいてほしい
ただ…
追うのも追われるのもイヤだ
ほれたはれたの騒ぎも大嫌い
もっと自然なふれあいがいい
語らいとなごみあいからくる
愛らしい結びつき
それが私の望み
この答えを聞いても、この店のマスターは笑わないだろうか?
不安だけど、美味しいコーヒーとお菓子を出してくれたお礼として答えよう。
「あのね、マスター! 私はね…」
- 完 -
作品情報
心巣という名の喫茶店
#15233
- リレー期間
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2年6ヶ月