満月の宵にはサーカスを
真夜中の静まり返る世界では、体内の音だけが耳の中から聞こえてうるさい。
カーテン越しの月明かりに誘われて、僕はそっとカーテンの隙間から外を見た。目に飛び込んできたのは不思議な光景だった。
───なんだあれ
派手な衣装の大道芸人の一団が紙吹雪を舞いあげながら笑顔で練り歩く。ラッパを吹き太鼓を叩く。けれどテレビのボリュームを落としたように音がない。
僕は薄ら寒い感じがしたのに目が離せなかった。
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その日以来、月の夜には必ず大道芸人の一団が現れるようになった。
紙吹雪を捲く道化師を筆頭に、ラッパの男、ジャグリングの男、太鼓の男が続く。最後尾を歩いているのは紙の束を持ったウサギの着ぐるみだ。
宙に舞う紙吹雪も、ジャグリングの男が放り上げるクラブも、どこかスローモーションで現実のものとは思えない。
やがてウサギの手から、一枚の紙がふわりと零れ落ちた。それは、何かのチラシのように見えた。
- 2 -
招待状
ウサギの手からこぼれたその紙は、ふわりふわりと風に乗って宙を舞い、やがて僕の部屋の窓にぴたりと貼りついた。斜体の文字をなんとか解読する。
満月の宵、我らがサーカスを観に来られたし──
僕が彼らを見ていたのに、気づいていたのだろうか。
僕は全身が総毛立つのを感じた。この世のものではない何かに触れた寒気と、期待と、興奮。
窓の向こう、一団が遠ざかって行く。
次の満月は、明日だ。
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しかし、どこへ行けば。
招待状に場所の欄はなく、明朝、親に聞いてもサーカスなど来ていないという。僕は一団のことを話すわけにもいかず、困惑した。
何度も招待状を読み返し、あの行進を思い浮かべては頭を捻る内に、夜が来ていた。
静寂に支配された満月の宵。
彼らの来る気配はない。
焦って招待状を持ったまま窓へ近づいた時、僕は満月の夜である必要性を知った。
月から、まるで気球のように縄と籠が伸びてきたのだ。
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誂えたように籠が目の前へと下りてくる。僕は窓を開けて外に出た。恐る恐る籠に移ると、満月の気球は窓辺を離れ動き始めた。
地面が忽ち遠くなる。気球は進み、見知らぬ街に辿り着いた。
広場に張られた大きなテント。三角の旗が翻る、あれが会場に違いない。籠がゆっくりと下がり、今まで聞こえなかったラッパや太鼓の音が耳に届く。人々の騒めきも聞こえた。
慄きは疾うに消え、僕の胸はただただ高鳴っていた。
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テントの入り口には、黒いマントに、フードを目深に被った人間が立っていた。
「招待状…」
手を差し出して呟いたその声からは、男か女か判然としない。
はっとして自分の両手を見るが、持っていたはずの招待状がいつの間にか消えていた。慌てて、服のポケットというポケットを探ると、出てきたのは覚えのない金に輝く豪華な招待状だった。箔押しの飾りも施され、手間のかけられたカードだ。
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マントの人物は念入りにカードを確かめる。やがて満足したのか真っ赤な口を三日月の形にして頷いた。
「入場許可…」
よかった、入れるんだ。
舞台は観客席のどこからでもよく見えた。座席は指定されていない様だったので僕は適当に腰を下ろした。
妙なことと言えばもう一つ、明らかに大勢のお客さんがいるのにどんなに近くでも気配が感じられないのだ。まるで蜃気楼だ。
急に明かりが落ちた。
サーカスが、始まる。
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団長らしきシルクハットの男が挨拶をする。
紳士淑女の皆様。
今宵は月夜サーカスに御集り頂きまして誠にありがとうございます。
ピエロの玉乗りにジャグリングマンのナイフショー。太鼓男の火吹き術など、今夜もありとあらゆるプログラムをご用意しております。
魅惑と幻想の一夜をぜひご堪能下さい。
そして広がる不可思議なショー。
僕は息を飲むのさえ忘れた。
終わった頃には、思わず立ち上がり拍手喝采していた。
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紙吹雪と耳が痛くなるくらいの拍手の波に押され、僕は生まれてこのかた無いほど興奮していた。胸が熱い。涙で視界がぐにゃりと曲がり、このままサーカスが幻のように消えるんだと直感した。
「今宵の感動を次の子ども達に」
団長がシルクハットを胸に当て、礼をする。再び顔を上げた団長の視線は僕を捉え、目を細めた。
「……こうして私はあの日の感動を伝えたいと強く思ったのさ」
団長はシルクハットを深く被り直した。
- 完 -
作品情報
満月の宵にはサーカスを
#11532
- リレー期間
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1年1ヶ月