わたし、立川詩織と姉の美織は一卵性の双子だ。生みの親であるパパとママでさえ見分けるのが難しい程よく似た顔をしている。 例えるなら…そう。不思議の国のなんちゃらに出てくるトゥイードルの双子並みに瓜二つ。 …ごめん、例えは上手くなくて。そういうのは美織の専門分野だから。 わたしはバリバリ理系で美織はがっつり文系。わたしは文系科目は一切できないし美織も理系は毎回目をそらしたくなるような点をとってくる。
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美織は推理小説が好きで、良くわたしに密室の作り方や叙述トリックの話をしてくれる。 大抵は面白く聞けるけど、双子の入れ替わり殺人の話を爛々とした顔でされた時は、反応に困った。 最近、その熱が悪化している。 何気ない日常の一場面を切り取っても、「これが推理小説だったら」と勝手な推理を始めるのだ。それはきっと深読みに深読みを重ねた美織の妄想なんだけれど、その飛躍した発想には度々驚かされることがあった。
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わたしはその都度、美織の考え出したトリックや陰謀論を否定するのだけれど、美織は懲りてくれない。 「私たちの入れ替わりだって失敗するときあるから、完璧じゃない」 「見分ける方法は?」 「微分積分について質問してもらうこと。答えられないのが美織でしょ?」 「そうか。いつもありがとう。今度はもっとちゃんと考えてくるね」 美織からすれば、わたしに常識や科学的見地から考証をしてもらっているという具合らしい。
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そんな日常を、より現実的にしてくれるのがテストの結果。 いつも通りとも言えるし、文系に関しては「酷似」という言葉の方がしっくりくると美織なら言いそうな結果だ。 帰り道の会話も、その線路上の話となり、お互いに「いつも通りね」という駅に着いたところで、友達と約束があったわたしは途中下車して、姉は先に帰った。 家に帰ると、ママが割に上機嫌にテスト結果を聞いてきたので見せると、その表情が少しだけ曇った。
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「ちょっとなにこれ」 と、テストを見せてくる。 そこの名前の欄には美織の字。 「だめよ!ちゃんと自分のを見せなさい!悪い点だったの?」 私は怖くなって部屋の中に閉じこもってしまった。 …なんで、テストに美織の名前が? 私、ちゃんと詩織って書いたのに…。 美織のいたづら?だとしたら悪趣味だ。 私は、リビングに行き、ママに美織のいたづらだと話すことにした。
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「ママも詩織がこんな点をとるなんて思ってないわ。でもそれ以上に、美織がこんな幼稚な事をすると思えないの」 つまり私の意見は信じていない、と。 ママからすれば、疑わしい事実よりも自分の納得できる予想の方が現実として受け入れられるようだ。 これは私の予想だけれど。 美織と私は同じクラス。テストの受取り時、私たちはトイレにいた。美織は先に戻り、私が戻るまでにテストをすり替えたのではないだろうか。
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「…本当だ。これ、詩織の回答用紙じゃん。なのに私の名前が書いてある…」 美織の部屋に行き問いただすと、彼女は困惑しながらそう言った。母が単なるテスト用紙の取り違えだと思わなかったのはこれが理由か。 「えっ?美織がやったんじゃないの?」 私は驚いてそう言った。 「私だったら詩織の方の名前も書き換えてるわよ。私が詩織の席に座っても、誰も私だって気づかないでしょ」 確かに一理ある。
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何が起こっているのだろう、分からないことこそ怖いのだ 恐らくただの取り違い、そうだ、それだけ ……でももし、そうじゃなかったら? その日は予定が無かったからアルバムをぼんやりと眺めていた ご先祖さまの並んだ写真たち その中にそっくりの2人… 「お父さん、これ誰?」 「あぁ、だいぶ昔の人だけど、双子だったらしいよ たしか、詩子さんと美子さんと言ってね、そういえば2人は若くして亡くなったんだ」
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「そうなんだ……」 それはきっと、無念だったに違いない。 そんなことを考えていて、不意に思い出した。 『私たちの入れ替わりだって完璧じゃない』 私は美織にそう言った。 ――けれどもし、入れ替わろうとするのが人間じゃなかったら? ゾクリ、と背筋に冷たいものが走る。 思わず見直したアルバムの中、二人の少女は相変わらず美しい笑みを浮かべていた。 鏡写しの、そっくりな笑顔を。
- 完 -