「小説を一つの木だとすると、君のそれは落ち葉の寄せ集めだよ」 彼は言った。 確かにわたしの書いたものは全然整ってないし、上手くもない。 けれど頑張って書いたのにそんな言い方、あんまりじゃない。 「そうだね、せっかくの落ち葉なんだし、それで焼き芋でも焼いてみればいいんじゃないかな」 頭にくる薄ら笑い。 悔しい。ムカつく。腹がたつ! だから私は、思いっきり、こう言い返してやった。
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「もしそれで飛び切りおいしい焼き芋ができたって、絶対食べさせてあげないから!」 彼は今度は、お腹を抱えて大笑いだ。 「ああ、いかにも君らしい言葉だな。些末で現実的。小説というものはね、もっと壮大な幻想性が必要なんだ。例えば、そう、木の持つエネルギーや魂だね。目に見えないそれらを表現するとかさ」 何それ、意味わかんない。 「大体ね、僕、芋は嫌いなんだ」 はあ? それこそ些末な話じゃない!
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彼と私は文学部表現学科で同じゼミに所属する3年生。しかも高校時代からの腐れ縁だ。 彼の小説は先日、地方の小さな文学賞を取った。途端、あんなことを言うようになった。 馬っ鹿じゃないの。 足元の砂を蹴飛ばす。……率直に言って、悔しい。私は何度書いても選考に引っかからない。もはや何のために大学に来たのかさえ見失っている。 彼は就職活動はしないのだそうだ。 私は敗北感満載で、リクルートスーツを着る。
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今日行く企業の説明会は、他のどこの企業よりも緊張した。だって、昔から大好きな憧れの出版社だから。 夢伝社──むでんしゃ、というその会社は、名の通り夢を伝えてくれるかのような物語の本を沢山出版している大手なのだ。 特に児童文学に力を入れていて、幼い頃から私はここの会社から出される物語に胸を高鳴らせていた。 (本当はその高鳴らせる物語を生み出す側にいたかったけど、ね) 彼の嫌味がまだ心に残ってる。
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ロビーに入ると、まず名簿への記名を促され、数字の書かれたバッジを渡された。それを見える場所に付けると、説明会の参加者はこちらへどうぞ、と言う社員さんの案内でだだっ広いフロアに通された。 パイプ椅子が80脚程並べられ、既に殆どの席が埋まっていた。定員50名と聞いていたのに、やはり人気出版社は違う。 更にフロアの壁に沿って両脇と背後には本棚が設置されており、子どもの頃大好きだったあの本もそこにあった。
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子供の頃によく読んだなあという懐かしさとともに、私はその本を手に取りパラパラとページをめくった。 繰り返し読んだせいで、セリフも覚えてしまった。ひらがなの多い本文と、絵の具で描かれた挿し絵も見覚えがある。 ふと絵本から顔を上げると、フロアに集まった就活生たちが目に入る。 「この人たちも本が好きで夢伝社を受けに来たのかな」 私は手元の絵本を無意識にさすった。たしかこの絵本の続きは......
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「おいしいごはんをたべたい? おもしろいほんをよみたい? しあわせにくらしたい? あなたはよいゆめをおもちだ。 ゆめにおおきいちいさいはかんけいありません。 いきるということはゆめをみるということなのです。 あなたはちゃんといきていますよ」 子供の頃、意味もわからないまま覚えたセリフだ。 目頭が熱い。
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胸の奥底に押し込めていた小さな子供が、無邪気に笑う。こんな大事な気持ち、いつの間に忘れてしまったんだろう。涙が頬を伝うと、過去の自分が洗い流されていくようだった。 「…え、夢伝社受かったんだ。へえ、すごいじゃないか」 「まあね。結構頑張ったし」 「それじゃあ君は、己の才能の限界に気付いたってわけだ」 彼の意地悪い返しに、私は軽く微笑んだ。 「諦めてないよ。私は私なりに夢を叶えるつもりだから」
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彼は私の宣戦布告を受け、笑った 「そうかい。気に留めといてあげるよ。」 「あまり舐めないでよね。才能だがなんだかは結局、結果論なんだから!」 手を振り、彼と別れ、進む。今度こそ、落ち葉なんて言わせない! あなたが初めの夢を追うとしても。 途中から、別の夢を追うとしても。 生きていれば、夢を目指していけるのだ。 あなたも、知らず知らずのうちに夢を追っている。 それが、生きるということなのだから。
- 完 -