思春期特有の異性への興味だった。 とはいえ、僕の方から積極的に彼女を気にかけたことはない。 告白された時、思ったのだ。 まるで興味はないけど、この告白を受け入れれば、この子をどう扱っても許されるのか、と。 どちらかといえば目立たないタイプの彼女と、どちらかいえば目立つタイプの僕が一緒に登校すると、クラスの連中は好奇心を抑えきれないといった様子だった。そして質問攻めに遭うのは決まって僕の方だった。
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「おい、どっちからだよ」 「なんてお互いに呼んでんだ」 「そこから先は…会員登録が必要です」 と、次々とぶつけられる好き勝手な好奇の目と言葉を軽く散らして、一人になってから彼女のスマホを呼び出してみる。 別に彼女と話がしたくなったとか、今彼女が何をしてるか気になったとかではない。 ただ、自分の手持ち無沙汰な時間を埋める相手ができたことを手っ取り早く確認したかったのだ。
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「もしもし、どうしたの?」 彼女は消え入りそうな声で言った。 「別にこれといった用事はないんだけど、何してるかなと思ってさ。」 興味はないが、言葉の接ぎ穂になればと思い質問した。 彼女は幾分声のトーンをあげて、今は図書館に向かう途中だと言った。 「学校の図書室は?」 「学校のはほぼ全部読んじゃったから。」 「すげぇ、吉岡さんみたいな人のことを本の虫って言うんだろうね」
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「私なんて、まだまだだよ」 電話越しに、彼女が照れているのが分かった。なんだか胸の辺りがむず痒くなって、ふわふわした。 「そっちに行ってもいい?」 「え…?永瀬君、本興味あるの?」 「あんまりないんだけど、吉岡さんの顔が見たくなって」 しばらくの沈黙の後、小さな声で“嬉しい”という彼女の声が聞こえた。 「…じゃあ、待ってるね」 これが、恋愛というものなのだろうか。案外、楽しいかもしれない。
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図書館に向かいながら、何とは無しに彼女……吉岡沙苗の顔を思い浮かべる。 特別可愛くもなければ醜いわけでもない平均的な造形に、薄いフレームの眼鏡。背中に届く髪は校則を守って2つにくくられていて、スカート丈も校則通り。 友達はいるようだが、彼女が積極的に声を上げているところは見たことがないかもしれない。 そんな大人しい優等生が僕に告白してくるなんて、どういう風の吹き回しだったんだろうか?
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図書館に着くと、すぐに吉岡さんを見つけた。 椅子に座って真剣な顔で本を読んでいる。教室でもよく見かける光景だけど、そこでは普段より少し違った。 シュババババババババババッッッ 「は、早っ!」 今まで見たこともない程の速読。 あれほど機敏に動いている吉岡さんを見るのは初めてで、思わず笑ってしまった。 その笑い声で気付いたようで、彼女の顔が僕の方を向いた。そして、恥ずかしそうに顔を赤くした。
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そして僕には信じられない言葉を呟いた。 「ヤダッ! 未熟なとこを見られちゃった!」 えっ? なに? 今、未熟って言った? あのスピードで? 「あれって速読ってやつだよね? 結構、速かったよ。正直、すごいと思ったもん。未熟なんて事はないよ」 僕としてはこうやって完全否定するしかない。 「そっかな〜。ありがとう」 彼女の声が少しだけ大きくなった。 「いえいえ。それよりさ、もう一度やってみせてよ」
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彼女は照れながらも僕のおねがいを聞き、本を読み始めた。そんな彼女をただじっと見ていた。 何時間たっただろうか。外は陽が落ちはじめていた。吉岡さんもそれに気づき、僕たちは帰ることにした。 『 今日は楽しかったよ。普段は見れない吉岡さんを見れて嬉しかった。』と言うと、『 ありがとう。』と照れながら言った。僕たちは何気ない話をしながら歩いた。その時間はあっという間だった。
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「告白、嘘だったの。罰ゲームで」 別れ際、ぽつりと呟かれた言葉に僕は耳を疑った。 「罰なんて言葉だけで、しなくても良かったの。でも好奇心が湧いてきて。ごめんなさい」 そうか。振り回されたのは僕の方だった。 「そっか。分かっ……」 「待って!違うの、あなたと話してみたら楽しくて、優しくて……友達からでもいいの。仲良くしてくれませんか?」 少し迷い、深々と礼をし手を差し出す彼女の手を取った。
- 完 -