少女トンがノベルノーヴェ図書館に通い始めてから一ヶ月。 その間に幾つかの執筆に携わった。トンの前後に気になる作家さんがお話を付けてくれることも多くなった。手元の鍵束は、執筆したお話に応じて、その属性を変える。 ゾクゾクするお話は、冷たく硬い金属に。 心の底までホッとするお話は、羽毛のようにふわふわしていて。 -- そう言えば、8パラのあのお馬さん、元気にしてるかな? そう、トンが思った時
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「どうしたんだい?」 またあの馬面が目の前にあった。 「…」 ここは図書館だ。確かに8パラの番人だけど見た目は馬。不自然すぎる。 「今日は君に素敵なことを伝えたくてね」 「素敵なことを?」 馬はあの時みたいにヒヒンと笑った。 「そうさ、この図書館で読める本。それは不思議なものばかり。ページをめくる度に雰囲気が変わる」 「確かに…」 馬は私を乗せながらパカラパカラと図書館の奥に歩いていった。
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トンは馬に乗ったまま2パラの部屋を抜け、3パラのフロアに入った。しかし、先日出会った番人たちは現れない。 「お兄さんとお姉さんは何処に行ったの?」 「彼らが登場するのは別の物語さ」 馬は鼻息も軽やかに奥へ進んでいく。 「もう新しい物語が始まっているのね?」 「そういうこと。同じ場所が舞台でも、物語の可能性は無限だからね」 奥の螺旋階段を登ると、トンに最初の鍵をくれた4パラの番人が待っていた。
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「やあ、また会えたな。鍵は役にたったか?」 トンが鍵束を見せると、おじさんは嬉しそうに頷いた。 (おじさん、雰囲気変わった?) トンが不思議そうな顔をすると、馬とおじさんは顔を見合わせて笑った。 「また鍵をくれるの?」 「いや、もうお嬢ちゃんは鍵を持ってるからな。この本を持って行け」 「これは?ねぇ、この先に番人の皆はいるの?」 「さあ、俺にもわからん」 促されるまま、トン達は奥の階段へと進んだ。
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「4パラで本をもらってきたな」 5パラの番人のおじいちゃんは本を見せると、よしよし、と和かな笑顔で迎えてくれた。 「5パラはのう、折り返し地点じゃ。世界観は既に定まり、進み出された…」 「おじいちゃん、それ前に聞いたよ」 5パラの番人は、はて、そうじゃったかな、とごまかそうとしている。 「では、この本の意味は?」 「その本を使う日もそう遠くないはずじゃ」 やっぱり教えてもらえなかった。
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6パラの番人はきりりとした顔で迎えてくれた。 「忘れ物よ。これがないと困ってしまうでしょう?」 アルプスの少女の先生みたい、とトンは思ったが、つられて真面目な顔で受け取った。しおりだった。 「ここまで来たら、もう最後は見え始めているでしょう? 迷わず進むのよ」 7パラに向けて背を押される。先生には見えるのかなあ、と悩んでいる間に、後ろで扉がバタンと大きな音を立てて閉じた。
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鍵、本、しおり…今までもらったもの不思議に思いながら見つめていると、 「ぼーっとしない!」 と、少年に頭を叩かれた。 「いつの間に…」 「ここは7パラだぞ!適当に進んじゃダメ!ちゃんと先を見据えて、一歩一歩を大事にしなきゃ」 7パラの番人は少年だった。私より若いのにしっかりしてるなあ、とトンはどこか他人事に思った。 少年と扉の前まで来て、トンはじゃあね、と手を振った。なんだか終わりが近い気がした。
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「僕はここまでだ」 馬が言った。 「ここからは道が狭くて、それに脆い。君一人なら大丈夫だろうけど、僕はとても無理だ」 トンが不安そうな顔をすると、馬はトンに向かってヒヒンと笑った。 「大丈夫、君はもう鍵を持ってる」 トンは馬に背中を押され険しい道を進んだ。8パラの番人の老人は優しい目でトンを見た。 「君は困難を切り抜けた。鍵はその扉の先じゃ」 トンは大きな重い扉を開けた。
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扉を開けるとそこは奇想天外な巨大都市だった。 トンは9パラの番人に聞いた。 「ここは図書館じゃないの?」 「図書館?いいや、ここは『都市予感』じゃ」 「『都市予感』?」 「あぁ、鍵を使えばどんな予感も実現する。すっ飛び過ぎて帰って来れなくなると困るから、帰りたい場所には目印にしおりを挟んで置くんじゃぞ」 トンは掌の中の宝物たちを握りしめた。 さぁ、どこまでも飛んで行こう! novelnove!
- 完 -