クリームソーダは好きだ。 あたしはメロンソーダを飲む係で、彼はアイスを食べる係。 溶けかけのアイスを銀のスプーンがすくう。ストローを咥えて、あたしはそれを見ている。スプーンが彼の口へ運ばれていく。あたしはそれを見ている。溶けたアイスが垂れそうになって、慌てて彼の口が迎えに来る。あたしは笑う。あたしたちの距離が一番近づく時。 「どういう関係?」 「……クリームソーダ同盟?」 それでいいや。
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始めは単なる親切心だった。お目当ての期間限定エモモスパークルはフロートにできないと知った彼があんまりしょげ返っていたから。「じゃああたしクリームソーダにするよ」と申し出た。最初はアイスを一口二口遠慮がちに彼が食べて、残り全部あたしが平らげていたけれど。段々と回を追うごとに、彼が侵略してきた。元々あたしが冷たいもの、あまり得意でないのもある。 「この同盟関係は夏季限定?」 「ココアのホイップで返す」
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この同盟関係はすごく楽しい。 美味しいドリンクを堪能できるし、何より彼と食べている時が一番幸せなのだ。 彼とは色んな所へ行く。スタバのような高級なところでココアパウダーがたっぷりとかかったフラペチーノを飲むのも好き。この時は彼がホイップ担当で、フラペチーノは二人で分けた。 ある時にはパフェのようなドリンクを彼一人で平らげるのを私が見ていただけの時もある。 けどやっぱ一番はメロンソーダ。
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この同盟は楽しくて短い。食べないとどんどん溶けてくるの。クリームソーダも、ココアも、フラペチーノも。食べたら「さようなら」の短い関係。美味しく楽しい短い関係。幸せな時間。 短いけど、私はその短さがちょうどよかった。幸せって、長いとなんだか薄くなってしまう気がするの。氷が溶けてクリームソーダが薄くなる。そんな感じに。 短くて、濃くて、美味しい。 それで私は十分なの。
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クリームソーダ、美しいエメラルドのそれだけがあたしと彼を繋いでいた。あたしはただ、彼がアイスを運ぶその銀のスプーンがもっとゆっくりであればいいのにと、心の中で呟いて、これでいいのとそれを打ち消す。 あたしたちの同盟関係は夏季限定じゃない。でも、きっと終わりが来る。 クリームソーダ同盟。 ねえ、君はこれからずっと、あたしのアイスを食べてくれますか? 来年の夏も再来年の夏も一緒に食べてくれますか?
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クリームソーダを食べるには少し寒く、しかしココアにするにはまだ暑い、そんな時期になった。 私は暑がりだけど寒がりで。 クリームソーダは大好きだけど、この時期はそろそろ全部飲むのが少しきつくなっていた。 「ごめん、残りのソーダ、飲んでもらっていい?なんなら捨ててもいいよ」 そう言った日があった。 これがいけなかったのか、この時から彼から避けられるようになってしまった。
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ああ、そんなつもりじゃなかったのに。私はただ── 。 冬のココアを分かち合う彼の姿はどこにも見あたらなかった。ごめん、と謝ることじゃないのは分かっている。もしかしたら、きっと私のわがままに付き合わせていただけだったのかもしれない。彼に気持ちを確かめることもできないまま、かといって、自分からココアを誘うこともできず、無意味な時間だけが過ぎていった。 束の間の関係は壊れるのもあっという間なのね。
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短くて濃いひと時は幸せだった。クリームソーダやフラペチーノを少しずつ、時折焦りつつ一緒に攻略する中で、この関係を愛おしく思った。 だからこそ『同盟』という定義づけに今は息苦しさを感じてしまう。 同盟じゃない私たちって何かになれるんだろうか。私は彼と、どうなりたいんだろう。 スプーンでココアのホイップを掬って、口に運ぶ。甘い。でも、よく分からないや……。 俯く私の正面の席に、誰かが座った。
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彼だった— どうして?同盟は終わったんじゃないの? 唖然としている私を見つめ、彼は口を開いた。 「クリームソーダって必ずしもメロンソーダである必要はないって事に気付いてさ。俺じゃ君に釣り合わないと思ったんだ。でも、それでも構わない! 俺というメロンソーダのアイスになって欲しい!」 「どういう関係?」 「……クリームソーダ同盟?」 それでいいや。
- 完 -