退屈に身を委ねるには惜しいから
ただ退屈してただけ…ただそれだけだった。
毎日朝起きて、電車に乗って会社に行き、帰りにコンビニで夜飯を買って帰る。そんな日常。
私は刺激が欲しかった。私のそんな日常に刺激を与えてくれる何かが。
私にとってはそれが、万引きであった。
理性に引き留められながらも、成し遂げる度確かな快楽を覚えていた。
私は今日も万引きをする。
「これまでに失敗したことはない。絶対にバレない。」
そんな時だった。
- 1 -
「お嬢さん、それ、会計してないでしょ」
右から、手首を掴まれた。しっかりとした、年齢を感じさせる手。直感的に、逃げられないと悟った。私は俯いたまま、何も言わなかった。
「一緒に来てもらうよ。いいね」
有無を言わせぬ口調に、肩が震えた。私はそのままバックヤードへ連れて行かれ、ちゃちなパイプ椅子に座らされた。そこで初めて、その人と目が合った。
「君、初めてじゃないだろう」
- 2 -
白髪が数本混じり出している50代のおっさんだった。ネームプレートには「大聖寺」と記されている。鼻の隣にホクロがあって、その大きさの歪さに目が離せなくなった。
外国人スタッフの多いコンビニならこんな状況になり得ることもない、とたかを括っていた。
でも、そんなことは言わない。質問に答えず黙秘を続けた。
「口の閉ざし方も慣れているね」
大聖寺は胸ポケットに手を入れようとして止める。煙草か?
「まあいい」
- 3 -
「若そうだけど学生さんじゃないよね。じゃあ警察に連絡かな」
警察、と聞いて体が固まった。
やばい、私、逮捕されるの? そうだよ、万引きは犯罪だし。職場にも伝わる? そしたらクビ? 家族にも? なんて言えば?
今まで曖昧だったものが、一気に現実となって襲ってくる。
俯いて黙っている私に、
「それか」
と言って、大聖寺は後ろの棚から一枚の紙を出して机に置いた。
「君、携帯持ってる?」
- 4 -
「…はぁ。」
家の電気をつけ、ソファにもたれかかる。
何か食べようか、とも思ったがそれどころか着替える気力すら起きない。
あの紙には、ただ大きくQRコードが貼られていた。そして警察が嫌ならこれを読み取れ、と。
これが一体何なのか、などと聞けるはずもなく、犯罪者になるくらいならとそれを承諾してしまった。
だがこんな不安に駆られるくらいなら、大人しく捕まった方が余程…
ピコンッ♪
…通知だ。
- 5 -
スマホの画面を恐る恐る覗き込む。そこには、メッセージアプリの通知が表示されていた。
『大聖寺:まずは一勝、おめでとう』
一勝? 何のことか分からず困惑していると、すぐに次のメッセージが届く。
『明日の21時、以下の場所に来い。遅刻は「通報希望」とみなす』
送られてきたのは、都内の寂れた雑居ビルの地図だった。
その夜、私は一睡もできなかった。
- 6 -
約束の時間に、ビルの一室の扉を開けた。
部屋には何も無く、薄暗い照明の下、学生服の女の子が一人、携帯を握りしめて立っていた。私を見て怯えている。
女の子に歩み寄ろうとした時、お互いの携帯から通知音が鳴った。慌てて二人とも携帯を見る。
『君等は二人とも万引き犯だ。これから二人で10分間話し合い、どちらが自首するか決めろ。もう一人は無罪放免だ。決められなかった場合は俺が二人とも通報する』
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未成年なら前科も付かないはず。ここは脅してでも相手に自首してもらおう。そう覚悟して、怯えて震えている女の子に向き直る。
「何年生?」
「…中三です」
受験生か。可哀想に、万引きとなれば進路への影響は免れないだろう。
「なんでやったの?」
「…お金がなくて…お腹、空いて」
真っ当で切実な理由。改めて見ると少し痩せている。
「でも、間違ってました。私、自首します…」
その言葉を聞き、私は天を仰いだ。
- 8 -
目の前の少女。
全てを見透かしたような食えないおっさん。
盗みの本当の理由も、無罪放免の保証も分からない。
どちらの言葉を信じた方が、すっきりするだろう。
「ねぇ」
あと一歩、勇気が欲しい。
「自首、止めときなよ。若いんだから」
彼女は目を丸くして、激しく首を横に振る。
「お姉さんも、まだまだ若いです」
純粋な瞳に見つめられ、降参だった。
「そう、ね。二人で自主しよっか」
だって私達は━━
- 完 -
作品情報
退屈に身を委ねるには惜しいから
#57873
- リレー期間
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2年2ヶ月