たとえ散ってしまっても
「これを観ているという事はーー」
月並みだがビデオレターも撮った。
先月、余命六ヶ月だと宣告された時に僕は、そうですか、と他人事のように言った。
見つかりづらい癌らしく大体手遅れなのだそうだ。
恐怖はなかった。
毎日朝が来るのが怖く眠るのが嫌いだったが、もう起きなくて良いのだから。
椅子に座りベッドに伏す形で彼女が寝ていた。頬にはうっすらと涙のあとが見える。
それを見ると、心が少し痛んだ。
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彼女を起こさないよう、そっと身体を起こした。そしてそのまま、窓の外を見ながら考えてみた。
遺言も書いたし、お世話になった人にそれとなくお礼の手紙も書いた。ビデオレターも撮った。
「六ヶ月しかないから」と思い、あれこれせわしくやっていたら、一ヶ月で大体やり尽くしてしまった。
残り五ヶ月、何をして生きよう。何か忘れてないだろうか。几帳面な性格ゆえ、この人生をきっちりと終わらせないとむず痒い。
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5ヶ月か、長いようで短い。きっとあっという間に過ぎていくんだろう。
何か新しいことを始める期間としては少し足りないし、運命に絶望して日々を投げ出すにはまだ早い気がする。
思えば今まで生きてきた短い何年かで、彼女に会えたことは本当に幸運だった。
僕が「癌で余命6ヶ月」なんて、ありふれた宣告を聞かされた時、彼女は僕よりもうろたえていた。
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いままで片手で数えられるくらいの人数の女の子たちと付き合ってきたけど、一生をともに過ごしたいと思ったのは彼女だけだった。
本当に幸運なことに、彼女も僕のことをそう思ってくれているらしい。プロポーズし、家族となるのは時間の問題だと思っていた。だけど、それはもう叶わない。
彼女には幸せになってほしい。僕という存在に囚われずに。
「ん……」
彼女が目を開けた。寝起きで潤んだ瞳が僕を見る。
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「おはよう」
「ん…おはよう」
あと何回こんな穏やかな朝を迎えられるだろうか。柄にもなくそんなことを考えてしまうくらいには、僕にとっても余命宣告の影響は大きかった。
僕に残された時間はあと5ヶ月。
そろそろ彼女とのお別れの準備をしなくちゃいけない。早すぎる?でも、突然彼女の前から消えるわけにはいかないから。いちばん彼女をかなしませないですむ方法を見つけるのが、僕のさいごの使命なんだと思う。
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「気分はどう? 看護師さん呼ぶ?」
心配性の彼女は、寝ぼけ眼をこすりながら、僕の顔を覗き込んだ。その手がキラリと光る。涙で濡れていた。
「大丈夫だよ」
僕の言葉に、笑顔を見せる。カーテンを開ける後ろ姿を眺め、好きだと改めて思った。
すっかり忘れられてしまうのは、それはそれで寂しいけれど、彼女には何も気にせず新しい道に進んで欲しい。
「幸せになれよ」
「え?」
彼女は戸惑ったように聞き返した。
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「君の人生はまだ続くのだから」
彼女は乾きつつあった跡を再び涙でなぞり、困ったように少しだけ笑った。
当たり前のことを口に出して言うのがこんなにも心苦しいなんて。自分の死より、彼女の悲哀を感じる事が恐ろしいのだ。僕はそんな現実から目を背けたくて、残りの時間を生き急いでいるのかもしれない。
ふと窓の向こうに視線を投げると、よく染まった紅葉がひらひらと乾いた風を泳いでいた。
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正月は何とか迎えられそうだが、来年の桜は見れそうもない。そういえば今年二人で花見をしたっけ。
あの時の桜、綺麗だったな…。
「桜…」彼女が紅葉を見ながら呟いた。
「ん?」
「またあなたと桜、見に行きたかった」
その時僕は気づいた。
彼女に残せるもの。悲しませないこと。
それは、最後に幸せな思い出を作ることだと。
「来年、桜を見よう。二人で」
「でも…」
「河津桜って知ってる?」
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「聞いたことある、普通の桜より早く咲き、長く咲いている桜らしいわね。間違っていたらごめんなさい」
「いいんだ。君と思い出を作りたくて」
それからの日々は、桜色を帯び始めたようだった。鮮やかな時は、余命のことなんてすっかり忘れさせた。だけどいつか、時は来てしまうんだね。
「僕は、君の幸せを第一に願っている。君の幸せにのなかに僕はいるかな。今まであまり生きてこなかったけれど、いま、僕は生きているよ」
- 完 -
作品情報
たとえ散ってしまっても
#6344
- リレー期間
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13年2ヶ月