ーパラレルワールドー それは、今自身がいる世界とは別に、同じ時間軸で並行して存在している世界の事である。 そこには、現世界とは微妙に異なる人や風景、そして自分自身が存在すると言われているが、通常は現世界と別世界を行き来することは不可能の為、実際に確認する事は不可能とされている。 …だが、僕は見つけてしまったのだ。 パラレルワールドの入り口を。
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その日僕は何の気なしに家の裏山にある大木の下で居眠りをしていた。町の中はどこもかしこもコンクリートの照り返しで蒸し暑い。唯一の涼を求めて歩き、ここへたどり着いたのだ。 くらくらと船を漕いでいると、急激な目眩に襲われた。視界は蜃気楼の様に揺れ、座っているのも辛い。ぐっと目を瞑って耐えていた。 どれくらい経ったか分からないが、落ち着いた頃に逃げるように裏山を後にした。 異変に気づいたのは、それからだ。
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僕の家がない。それどころか道も少し変だ。だって一本道だったところに分岐点があるし、逆に分岐点があるはずのところが一本道になっているんだから。 訳が分からず立ち尽くしていると、なんの奇跡か親友のテツが通りかかった。このおかしな状況について何かわかるかもしれない。もしあいつも僕と同じなら一緒に打開策を考えよう。仲間が一人いるだけで心強い。 「おーい、テツー!」 「…は、誰お前?」
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「なに言ってんだよ、俺だよ俺」そう言って自分の顔を指差した。しかしテツは怪訝な表情で「はあ?」と答えただけだった。 「俺だってば! 覚えてないのかよバカ!」焦燥感で自然と声が大きくなる。 「おい不審者、よく聞けよ」テツが苛立たしげに言った。「オレオレ詐欺は電話でしか通じねえんだよ」 「山田一郎だ! 昨日もお前ん家でゲームして遊んだだろうが!」 「……お前、ふざけんなよ。一郎は三年前に死んだんだ!」
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「三年前?俺とお前って二年前のクラス替えで始めましてだったじゃないか、なにを言ってるんだ?」 「は?え、だって僕は一郎と幼馴染で生まれてからずっと一緒だったじゃないか!」 僕の知ってる一郎は幼稚園から中学までずっと一緒だった。 こいつは一郎に似てるし、あの事故さえなければこんくらい大きかったかもしれないけど… 「あれ?もしかして…」 一郎が僕を観察し始めた
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ふと小さな異変に気づいた。 「テツ、目元に入ってる小さい傷はなんだ?」 僕の問いかけに、テツが言葉を失う。それから一度だけ深呼吸し、口を開いた。 「だから、三年前に一郎は死んだんだ。車に轢かれかけた僕を助けて」 ラチがあかない。話を進めることにした。 「とにかく家に入れてくれ。僕は山田一郎だが、ここには家がない。テツの母ちゃんと話させてくれ」 テツはなおも疑い深い視線を向けたが、静かに歩き出した。
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テツを横目に思考を巡らせていた。 自分の身に起きていること全ておかしい。 夢にしてははっきりしすぎているしドッキリにしては大掛かりすぎだ。 考えることに夢中になっていた僕は目の前の信号が赤になっていることに気が付かなかった。 次の瞬間、視界が揺らいだ。 僕の体は何かに勢いよくぶつかったかのように弾き飛ばされた。 霞む視界の中最後に見たものは、僕を突き飛ばし代わりに車に轢かれたテツの姿だった。
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気がつくとアスファルトに転がっていた。 しかし、車はおろかテツもいなかった。 やがて通りかかった車にクラクションを鳴らされ、その場を後にした。 わけが分からないまま、歩き回ってみると、そこは僕の見慣れた町だった。 テツが向こうから歩いて来るのを見つけた。 思わず駆け寄った。 抱きつこうとして、目元に小さな傷がないことに気付き、足が止まる。 やはり、このテツは……?
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「んだよ一郎?」 いつものようにテツが笑う。 本物のテツだ。さっきまでの偽物の世界に居たテツとは違う、本物だ。体のどこも怪我をしている様子はない。 「良かった…テツ、僕の代わりに死のうだなんて、考えんなよ」 僕はそのままテツに抱きついた。 「おわっ」とテツは間抜けな声を上げる。 「…そうか、この世界の俺たちはまだ、生きてるもんな…」 小さく呟いた声は僕の耳に届かず、夏の空に溶けていった。
- 完 -