事故物件でも住めば都

扉を開けて、中へ入った。 10階建ての普通のマンションの5階にある部屋。 「503号室」 ここは事故物件だった。 事故物件とは、そこで住んでいた人が飛び降りたり首を吊ったりして自宅で自殺したり、はたまた殺人現場だったりなどの「死」の問題を抱えた不動産物件の事だ。 私は、そういう問題物件を抱えた不動産会社から依頼されて、その事故物件で数日を過ごし体験調査をする「事故物件鑑定士」なのだ。

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普通に生活するだけで金が入るのだから、こんなにうまい話はない。しかもこの仕事、やりたがる人があまりいないから、身入りも案外多いのだ。 実際何件かに住んだが、どれもこれと言った出来事は起こっていない。所詮幽霊なんぞ、人間の作り出した幻に過ぎないのだ。 さあ、今回も呪いや怪奇現象など存在しないということを、証明してやろうじゃないか。 意気揚々と荷解きを始める。 「あれ、何だこれ?」

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引っ越し用の段ボールから顔を現したのは一枚の写真だった。この写真、ピントがボケていて、何が写り込んでいるのか分からない。 はて、私はこんな写真を撮った覚えもなければ、荷物に加えた覚えもないぞ。 私はノートに写真のことを記載した。事故物件で生活をする中、不可思議なことや、奇妙なことが起きればノートに書き留めなくてはならない。それはどんな些細なことでも、例え自分の勘違いであっても同じことだった。

aoto

9年前

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「さて、寝るか」 私は新しく貼り替えられた床にマットを敷いて横になった。 不動産会社から依頼された日を思い出す。 「で、どんな事故物件なんです?」 「孤独死です。今迄、家賃の滞納等無かった人が…それで管理人の人に見てきてもらったんですよ。そしたら…、この暑さですからね、酷かったですよ。腐って溶けて敷布団にも浸みて床まで…あっ、大丈夫ですよ床、貼り替えましたから… 「孤独死」か、珍しくない。

blue

9年前

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依頼を受ける際、私は死因以外のこと、特に亡くなった住人のことは聞かないようにしている。先入観は、有りもしないものを見せるからだ。 まるで人の顔に見える天井の模様を見上げながら、私はここで亡くなった住人について想像した。男性か、それとも女性か。孤独死というからには、それなりの年齢だったに違いない。発見が遅れたのはきっと、近所や友人との付き合いもなく、日々家の中でひっそりと暮らしていたからだろう。

sakurakumo

9年前

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いつの間にか熟睡していたようだ。 気が付けばここ数年来迎えた事のない程の爽やかな目覚めの朝だった。 伸びをしながら冗談のつもりで、 「おはようさん、幽霊さん」と天井に向かって呟く。 …おは… 声がした気がし思わず飛び退き後ろを振り返る。 真新しい白壁に何が貼ってあるのが目に入った。あんなとこに何か貼った覚えなどない。 それは、あの写真だった。 写真は唐突にパラリと落ち、手元に滑り込んだ。

真月乃

9年前

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心の臓へ血流が流れて、体温が上昇する。そっと手のひらを開く。ドコドコと忙しい胸の音を落ち着けようと静かに息を吐いた。 鞄を漁ると元の写真はある。同じ写真と思われた写真は、よく見れば違うものだった。 「この部屋の、写真…なのか」 小さな四角い部屋に特徴のある窓。比較すると、より標準が合った2枚目には、何やら見覚えのあるグレーの戸棚が映り込んでいる。 事実確認のため私はおもむろに立ち上がった。

12unn1

8年前

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 写真を頼りに探すと,グレーの戸棚はあった。  そして、戸棚を良く探してみると、書きかけの小さなノートが見つかった。  読んでみると、日記帳として使われていたようだった。  一日に綴られているのは、多くても3行といったところ。内容も,誰かと挨拶したとかいうことが、一大事のように書かれていた。  何枚かの写真が挟まっていたが、人が写ったものは、1枚もなかった。

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「もっと私をみて。」 最後のページには、その1行のみが書かれていた。 後ほど、この現象を不動産業者に話すと、実は…と話し始めた。 孤独死と聞いていたから、てっきりご老人かと思っていたが、風俗業を営んでいる母親の娘が、放置され亡くなっていたらしい。印象が悪いので孤独死ということにしてたそうだ 私は今住んでいた家を売り、このマンションに引っ越した。そして、定期的に見てるよと伝えてあげている。

ナズナ

4年前

- 完 -